当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大詔奉戴日

本日は我が国が大東亜戰争の開戦に踏み切った記念すべき日です。






公約通り、仕事で神戸に行く事があったので(と言うより護國神社に行くために神戸の仕事を入れた)大叔父のお祀りされている「兵庫縣神戸護國神社」に参拝してきました。

兵庫縣神戸護國神社 拝殿

大東亜戰争は「自存自衛のため」の戦争である事は自明のことであり、一部の腐れが言うような「侵略のため」の戦争では断じてありません。

我が国は昭和天皇のお心を受け、戦争回避を投げ出した近衛文麿に変えて東条英機大将の下、何とか米英との戦争を回避しようと努力しますが、アメリカに毛頭和平の考えは無く、我が国の近代以降の立場を全否定する「ハルノート」を突き付けてきます。
これをもって我が国は座して滅亡するよりも、民族の尊厳をかけ戦争を決断します。

我が国の戦争責任を未だに喚いているマジキチな一部政治家や学者、特定アジアがいてますが、開戦に至る経緯を見れば、我が国に戦争責任は無い事がはっきりします。

確かに勝てる戦争を敗北に導き、未曾有の英霊を生みだした当時の政府、および軍首脳、軍のケツを叩き国民を煽ったマスメディアの責任はありますが、この責任は「敗戦責任」であり「日本国民」に対してのみあると言えます。

開戦に至る経緯

明治31(1898)年、日本の抗議にも拘わらず、米国が謀略によってハワイ王国を併合
明治32(1899)年~明治36(1903)年、アメリカ・フィリピン戦争。米国がスペインから独立させたフィリピンを植民地に。

大正8(1919)年、日本は国際連盟規約宣言の中に『人種平等の原則(人種差別撤廃条項)』を挿入することを提案、17票中11票の賛成を得るも委員長ウィルソン大統領(アメリカ)は、「斯かる決議には全員一致を要する」との理由で拒絶。
大正11(1922)年、アメリカ最高裁が「黄色人種(日本人)の帰化権はない」と判決。すでに帰化した日本人の権利まで剥奪できるとする。

大正13(1924)年、『絶対的排日移民法』が成立。アメリカはヨーロッパからは毎年何十万人もの移民を入れながら、日本人移民を一人も入れない法律を作った。

昭和14(1939)年3月、アメリカは、支那(国民党政府)が軍用機や発動機を購入のために1500万ドルを借款。
同年7月26日、米国が日米通商航海条約を破棄

昭和15(1940)年1月4日、アメリカが日本に「錫、屑鉄の対日輸出額を前年度の半分にする」と通告 
同年6月5日、アメリカが工作機械の対日輸出を禁止
同年7月31日、アメリカが航空機用ガソリンの東半球への輸出を禁止
同年9月26日、アメリカが屑鉄の輸出を全面禁止
同年9月25日、アメリカが支那(国民党政府)に2500万ドルの借款
同年11月3日、アメリカが支那(国民党政府)に更に5000万ドルの追加借款
同年12月2日、アメリカが支那(国民党政府)に一億ドルの借款供与

昭和16(1941)年3月31日、ルーズベルト大統領が提出した武器貸与法案が成立。米海軍が護衛する輸送船団により連合国へ武器供与を開始
同年7月23日、ルーズベルト大統領などアメリカ首脳がフライング・タイガーによる日本本土爆撃計画に署名
同年7月25日、在米日本資産を凍結
同年8月1日、アメリカが対日石油輸出を全面禁止
同年11月26日、ハルノート提示
同年12月8日、布哇海戰(真珠湾攻撃)、馬来(マレー)作戰、大東亜戰争開戦


戦争回避のため、時の政府が現民主党政権のように尊厳を捨てハルノートを飲んだとしたら?
大東亜戰争は回避されたかも知れませんが、明治近代化以降我が国が多くの犠牲のもとに築いてきた「大国としての地位」を失い(当時の世界では滅亡と同義)支那・滿洲からの引揚者により国内は失業者が溢れ、夥しい餓死者が発生、支那・滿洲は武装強盗団が跋扈し、その後はソ連、アメリカ、イギリス等の植民地に、東南アジアは未だに欧米の植民地のまま・・・

開戦当時の海軍軍令部総長・永野修身大将
「政府の陳述によれば、米国の主張に屈すれば亡国は必至とのことだが、戦うもまた亡国であるかも知れぬ。だが、戦わずしての亡国は、魂を喪失する民族永遠の亡国である。たとえいったん亡国となるも、最後の一兵まで戦い抜けば、われらの児孫はこの精神を受け継いで、必ず再起三起するであろう。」

そろそろ我が国はアメリカの洗脳から覚め、東京裁判史観を払拭、偉大な英霊、先人に感謝し真の歴史観をとりもどしたらどうか・・・
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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