当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第37話「漢中王・劉備」

今回は曹操が劉備に敗れ漢中から撤退するところから、曹操と孫権が同盟、関羽が樊城を攻囲し龐悳と戦うまで(『演義』第72回途中~第74回途中)です。






陽平関に逃げ込んだ曹操軍を劉備軍は四方八方から攻めかけた。
馬超と魏延が曹操を追い詰める。
そして、魏延の射た矢で曹操は鼻の下を負傷する。
陽平関に兵を退いた曹操は、漢中からの撤退を決意した。

漢中を手中に収め蜀の地を占領した劉備、漢中王と称した。
それを知り、怒りを覚えた曹操は、曹操軍が北から蜀を攻める間、孫権に荊州攻めを打診し、漁夫の利を得ようと企んだ。
呉の孫権は諸葛瑾を使者として荊州の関羽のもとへ派遣し、関羽の娘と自分の息子の縁談を持ちかけた。

しかし、関羽にはねつけられてしまったので、曹操の打診を受け入れ、荊州に攻め入ることにした。
その頃蜀軍では、劉備が、関羽・張飛・趙雲・馬超・黄忠を五虎将に任命した。
そして関羽に荊州死守を命じた。

曹操軍は于禁を大将とし、先鋒は龐悳が務めている。
龐悳は関羽と対陣した。
関羽は勇戦するが、龐悳が隠し持っていた弓矢で左肘を負傷する。
勝機と見た龐悳は、追撃しようとするが、突然曹操軍の撤退の鉦がなったため、仕方なく馬を帰した。

撤退の鉦を命令したのは于禁であった。
一番の手柄が龐悳に持っていかれるのを羨んだのだ。
そして、徳には後方の守備を任じ、自分で部隊を率いて、谷の入り口に陣を構えた。
その陣形を見た関羽は、鋭く目を光らせた後、嬉しそうに大笑した。
<登場人物>
劉備
諸葛亮
関羽
張飛
趙雲
馬超
魏延
黄忠
関平
王甫
費詩


曹操
司馬懿
夏侯惇
許褚
徐晃
楊脩
曹仁
于禁
龐悳
董衡

孫権
張昭
顧雍?
諸葛瑾
歩隲

荀?
荀攸?
魯粛?



今回は『演義』の主人公である劉備の引き立て役でもあり、主役の一人である関羽が処刑される直前の回でした。
前回と打って変わり話の速度は遅く、かつ関羽の死への序章とも言える回のため大きな省略もなく、比較的細かな逸話も拾って丁寧な描写がされていました。

>陽平関に逃げ込んだ曹操軍を劉備軍は四方八方から攻めかけた。
漢水の戦い直後から始まりました。
『演義』では惨敗した曹操軍に曹操の次男・曹彰が加わり大勢を立て直します。
アニメでは曹彰は未登場で、漢水で曹操を破った劉備軍の動きは司馬懿と物見のセリフで語られていました。
司馬懿「谷間の小道を全部塞いだ」→趙雲、黄忠が山に火を掛ける
物見1「張飛に兵糧を奪われた」→張飛、魏延が糧道を遮断し、援軍に向かった許褚が張飛に敗れる
物見2「援軍が馬超に敗れた」→曹彰が馬超、呉蘭に敗れるも、呉蘭を討ち取る

省略されると思っていた有名な「鶏肋」の逸話が描かれていました

>漢中を手中に収め蜀の地を占領した劉備、漢中王と称した。
一瞬劉備配下の武将が映る場面で、趙雲がヒゲを蓄えていました。
劉備、諸葛亮に続き後半に向けた加齢描写でした。
また、その諸将の中に漢中太守となった魏延が描かれておらず、細かい事ですが感心しました

>それを知り、怒りを覚えた曹操は、曹操軍が北から蜀を攻める間、孫権に荊州攻めを打診し、漁夫の利を得ようと企んだ。
評定で進言する司馬懿の上席に荀?荀攸?(最後まで両者の違いが分かりませんでした・・・)が座っていました。
おいおい!どっちも曹操の怒りを買ってすでに死んでるで

>呉の孫権は諸葛瑾を使者として荊州の関羽のもとへ派遣し、関羽の娘と自分の息子の縁談を持ちかけた。
一方、孫権の評定では張昭、顧雍(と思しき文官)、諸葛瑾・・・魯粛?!
魯粛もすでに病死しています

荀、荀攸、魯粛の死亡時の逸話は『演義』では描かれますが、アニメでは全て省略されたので未だに全員が生存していることになっているようです。
そのくせ初期には頻繁に登場し、『演義』でも『正史』でも存命中の程は最近めっきり見ません

>しかし、関羽にはねつけられてしまったので、曹操の打診を受け入れ、荊州に攻め入ることにした。
諸葛瑾の報告を受けた孫権に曹仁に荊州を攻めさせる進言をしたのは、テロップはありませんでしたが歩隲です。

>その頃蜀軍では、劉備が、関羽・張飛・趙雲・馬超・黄忠を五虎将に任命した。
関羽が黄忠と同列に扱われた事を嫌い、費詩に窘められる説話も描かれていました。
こらも省略されると思っていたのですが

費詩が劉備の命令を関羽に伝えます。
アニメでは「曹仁が樊城に攻めて来たら鎮圧せよ」(上掲の公式粗筋と同義)と言っていましたが、『演義』では曹仁は赤壁敗戦以降荊州の最前線である樊城入っています。
アニメのように「守れ」ではなく、「樊城を攻める」ことを命じます。

関羽の出陣の儀式?が描かれていました。
『演義』では直後に先陣を命じられた麋芳と傅士仁が酒宴中に失火を出し、物資を全焼させます。
関羽は激怒し両名を処刑しようとしますが、費詩の取りなしで棒刑のみで助命され、両名が孫権に寝返る伏線となります。
この場面は省略されていました。

その後、荊州の守りを不安視した王甫が登場します。
省略されがちな「潘濬を趙累に替えるよう進言」する場面が描かれますが、なぜか重要な「狼煙台作成」が省略されました
狼煙台が荊州陥落の重要な鍵になるのですが・・・アニメでは関羽が捕まる一因となる「関羽の傲慢さ」を描きたかったのでしょうか?

襄陽攻略はあっさり描かれただけでした。

>曹操軍は于禁を大将とし、先鋒は龐悳が務めている。
龐悳を疑う董衡が出てきました。
『演義』では弟の董超とともに登場しますが、こちらは省略されました。
風貌が文官で印象とは異なりました(七軍の将なので武官の印象です)が、容貌がどこかで見たような・・・?
許攸と同じ顔???

>龐悳は関羽と対陣した。
アニメでは最初から関羽と龐悳が一騎打ちをしていましたが、『演義』では最初に関平が出撃し、龐悳に軽くあしらわれます。

『演義』では関羽は龐悳を認めていますが、アニメではその様な描写はありませんでした。

龐悳の悲運っぷり、于禁の前半の活躍からかけ離れた小者ぶりは『演義』の通りでした。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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