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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天地人 第44回「哀しみの花嫁」

今回は慶長9(1604)年8月の本多政重婿入りから、同慶長10(1604)年秋の娘・於松の死去まででした。





番組冒頭ナレーションで簡単ですが、ようやく本多政重の履歴が解説されました。
仕えた主君が大谷吉継、宇喜多秀家、福島正則・・・・前田利長がありません。
しかも、「主君を変えるたびに俸禄を増す・・・」というまるで傭兵隊長のような解説でした。

本多政重と言えば、最終的に再度加賀・前田家に仕え「加賀八家」と呼ばれる重臣の中でも筆頭の地位に就きます。
その前田家に仕えた経歴が紹介されないのはなぜでしょうか?

直江兼続が米沢での振興策を語るなかで「あおそ(青苧:繊維が布生地の原料になる)」が頻繁に登場しますが、これは越後の特産で上杉謙信が専売制を確立し莫大な利益を上げることに成功しました。

米沢の治水について兼続が伊達政宗に意見を請うてましたが、まったくの創作です。
米沢は伊達家の旧領ですが、その後3年間は兼続が統治していました。
ドラマではしきりに米沢の荒廃、低収入さが強調されますが、伊達氏、兼続の本拠地経営はどうなっていたのでしょうか?
上杉家が困窮しているのは決して米沢が荒廃しているからではなく、家禄が激減したにもかかわらず家臣を解雇しなかったからです。

於梅(次女)、於松(長女、政重夫人)が相次いで亡くなります。
政重は養子縁組を解消されず、そのまま直江家に残りますが、史実では追放された大国実頼の娘・阿虎(おとら)を兼続の養女として政重に嫁がせます。

政重の大坂と家康が手切れの際はどちらに味方するのか?という問いに兼続は堂々とどちらにも味方しないと言い放っていましたが、実際は家康に味方し傍観するならともかく、しっかり戦っています。
こんな大見え切って大丈夫なのでしょうか???
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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