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長宗我部家当主・重臣の居館跡発掘始まる

ご存じの通り?僕は戦国大名では長宗我部ファンな訳ですが、聖地でもある岡豊城跡で新たな学術調査が開始されました。






元親の居館跡 発掘期待 南国市教委 岡豊城跡



 戦国時代まで土佐の有力大名だった長宗我部氏が居城とした岡豊城跡(南国市岡豊町八幡)で、南国市教委が11日、南斜面にある城内で最も広い平地の調査を始めた。岡豊城を拠点に四国をほぼ平定した長宗我部元親らの居館だった可能性がある場所で、建物や門の跡などの発見が期待できるという。

 岡豊城跡は岡豊山(標高98メートル)全体に築かれた山城。頂上部分に近い詰(本丸)などは調査され、国史跡に指定されているが、調査地は中腹の民有地のため未指定。市教委は今年秋から3年間かけて未調査地を調べ、城跡の全体像を解明。成果によっては追加指定も必要になるという。

 調査地は国分川を望む南斜面を四角く平らに造成した曲輪(くるわ)(城郭内の区画)で、約1500ヘクタール。国分川から登城する主要ルートの途中にあり、見晴らしも良く、長宗我部家の当主や重臣の屋敷があった場所と考えられてきた。調査は10日間で、竹林を伐採し、縦2メートル、横4メートルの溝を4か所掘る。

 同市教委の坂本裕一係長は「国分川から荷を運ぶのにもこのルートを通ったはず。長宗我部氏の当主らが普段過ごした館があった可能性は十分にある」としている。 (2011年1月12日 読売新聞



南国の家老屋敷跡、元親の住まい? 初の学術調査始まる 2011年1月12日



 南国市岡豊町八幡の岡豊山(標高97メートル)の南斜面にある「伝家老屋敷跡曲輪(くるわ)」で11日、市教委による初の考古学調査が始まった。岡豊山の山頂一帯には、戦国大名・長宗我部元親(1539~99)の拠点だった国史跡「岡豊城跡」が広がる。今回の調査地は史跡外だが、県教委文化財課では「今後史跡として保護が必要な範囲の中でも、元親が居住していた可能性があるコアなエリア」と位置づけ、成果に注目している。

 現地は尾根筋の標高67メートル付近に広がる約1500平方メートルの平らな場所で、周辺の樹木を除けば南側に国分川や高知平野が見渡せる。近くに防護のために山の斜面を削った戦国時代の堀切やその土を盛った土塁も残る。専門家の間では、「家老屋敷跡」は古くからの表現か定かではないとされ、元親本人の居宅だった可能性もある。当時は国分川からこの曲輪を経て、岡豊山頂へ至るルートが主要な道だったとの見方が強い。

 この日は、作業員約10人が竹林伐採跡の現地に入り、幅約2メートル、長さ約4メートルの試掘坑を4カ所設定し、表面の土を除く作業に入った。市教委は10日間の調査後に現地説明会を開く予定。

 2008年の国史跡指定を受け、史跡の管理団体の市が保存管理計画を策定する基礎資料とするため、まず今回の調査を実施することになった。市教委生涯学習課の坂本裕一係長は「どんな建物があったかを把握し、遺物などで時期の判断につながるかどうかが調査のポイントだ」と話している。(朝日新聞 亀岡龍太)



岡豊城は一度訪ねたことがありますが、城址に建つ「歴史民俗資料館」には残念ながら「長宗我部家」の専用展示室も無く、麓の歴代の墓所も未整備と少々がっかりした覚えがあります。

ただ、岡豊城の各曲輪はしっかり整備されており、中世城郭の形状が良好な状態で保存整備され、見ごたえがありました。
堀切と井戸(手前)
~堀切と井戸(手前)

詰 礎石建物跡1
~詰 礎石建物跡

詰下段
~詰下段

二ノ段
~二ノ段

三ノ段 西部
~三ノ段 西側

四ノ段
~四ノ段

四ノ段 虎口
~四ノ段 虎口

近年の歴女による戦国ブームで、「歴史民俗資料館」にも念願の「長宗我部家」の専用展示室も完成、城址周辺も整備されてきているようです。

今回の発掘は民有地の為、新発見があったとしても公開を含めて今後どうなるかは分かりませんが、何とか整備、一般公開してほしいものです。
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おお~

長曽我部氏のファンなんすか(^∀^)ノ 土佐藩~ やはり土佐は長曽我部氏ですよね 山之内家は関ヶ原以降ですもんね(^O^)うちの嫁が高知なもんで ちなみに私は鹿児島島津家示現流~です 示現流してないですが オヤジが少々やってました。

長宗我部氏

一度滅びながらも、土佐、そして四国、さらに秀吉と一戦交えるまでに成長した泥臭い?ところが好きです(^_^)
ファンでありながら、まだ2回しか現地に行った事ないのですが・・・(汗)

示現流といえば東郷重位が創設、西南の役でも政府軍を苦しめた剣術ですよね!
おおぉぉ~すごい!!
明治維新の立役者である薩摩と土佐の御夫婦とは、なかなかすごい御縁ですね(o^∇^o)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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