当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

奈良縣護國神社

萬葉集ゆかりの高圓山の南麓に奈良縣護國神社が鎮座されています。
奈良縣護國神社 全景(奈良)

【参拝日】
平成23年1月29日





奈良縣護國神社には戊辰の役以降、大東亜戦争に至るまで国難に殉じた奈良県ゆかりの軍人、軍属等の御英霊29,243柱(明治維新、明治二十七八年戰役(日清戦争)、明治三十七八年戰役(日露戦争):1,022柱/大正三四年戰役(第一次世界大戦)、滿洲事變:119柱/支那事變、大東亜戰争:28,068柱)、並びに満蒙開拓団青少年義勇軍、奈良県消防殉職者がお祀りされています。

拝殿
▲拝殿

招魂斎庭
招魂斎庭

戦没者慰霊塔
戦歿者慰霊塔
 奈良県出身陸海軍戦没者合同慰霊塔(昭和52年10月、建立)

拓魂
拓魂(昭和47年11月、建立)

大東亜戰争終結六十周年追悼式斎行献詠
大東亜戰争終結六十周年追悼式斎行献詠

勅諭御下賜五十周年記念
勅諭御下賜五十周年記念

歩兵第百三十八聯隊通信隊 献椿
歩兵第百三十八聯隊通信隊 献椿(昭和61年10月、献木)

ビルマの塔
ビルマの塔
 歩兵第百五十三聯隊有志(昭和53年3月、建立)

社号標の裏側(高円神社)
社号標の裏には塗りつぶされた「高圓神社」


奈良縣護國神社 由来
奈良市古市町1984 0742-61-2468
明治維新以降、奈良県では戊辰の役以降、国家民族のため戦歿された英霊を奈良市飛火野(奈良公園)の浄地に祭壇を設け招魂し慰霊祭を斎行していました。

昭和14(1939)年1月、護國神社の無かった奈良県において英霊を常時奉斎する機運が高まり、6月、県下ゆかりの英霊の鎮魂と、その偉勲を後世に伝えるべく「護國神社建設奉賛會」(会長:三島誠也・奈良県知事)が組織されます。
7月、護國神社敷地として万葉の故地であり大和盆地が一望される東市村(現、古市町)の景勝地15,229坪を選定、作業場、参道等10,538坪と合わせ用地買収を開始します。

昭和15(1940)年3月10日、地鎮祭を斎行、4月1日、全県民挙げての奉仕活動により起工、10月、内務省により護國神社創立が認可されます。

昭和17(1942)年5月、上棟式が斎行、9月、社殿が竣工、10月13日、内務大臣指定「奈良縣護國神社」となり、22日、御鎮座祭を斎行し3,000余柱の御祭神が祭祀されました。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』の渙発を受け大東亜戦争は停戦、連合軍の進駐により護國神社に対し干渉・抑圧が加わったため、「高圓神社」と改称します。

昭和27(1952)年4月28日、サンフランシスコ講和條約の発行によりわが国は主権を回復、奈良縣護國神社に復称します。

例大祭日
春季慰霊大祭 4月15日

秋季慰霊大祭 10月22日
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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