当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

最強武将伝 三国演義 第49話「六度目の進軍」

今回は虚報を流して北伐軍を撤退させた李厳が解任されたところから、諸葛亮の計にかかった司馬懿が廖化の追撃から逃れるところ(『演義』第101回途中~第103回途中)です。






諸葛亮が憤怒の表情で劉禅の前に現れた。
魏と呉が同盟を結んだと聞いて漢中に引き返してきた諸葛亮であったが、その報告が嘘であったことを知ったのだ。
兵糧責任者の李厳が、食料を前線に送る手配に困り果て、嘘の情報を流し、兵の撤退を促したのであった。
李厳は死刑にされそうになるが、先帝劉備の代から仕えてきた臣下であることを考慮され、成都追放に留まった。
諸葛亮は李厳の代わりとして息子の李豊を推薦し、3年後に再び魏に攻め入ることを劉禅に誓った。

そして3年後。
李豊は兵糧の調達を滞りなく行っており、諸葛亮もまた、前線に食料を送る機械、木牛と流馬を開発していた。
関羽の子関興と、張飛の子張苞が他界し落胆を隠せない諸葛亮であったが、3年の歳月をかけ出征の準備は整った。
迎え撃つ魏の大都督はまたも司馬懿である。
3年前の攻防戦で完敗した司馬懿であったが、諸葛亮の裏をかき、初戦に見事大勝を収めた。

そこで諸葛亮は呉の孫権に北伐を促した。
病にかかっており毎日薬湯を飲む生活を強いられているものの、諸葛亮の頭は冴えわたっている。

司馬懿が差し向けた偽の投降兵も見破り、それを逆手にとって司馬懿を追い詰めた。
追い詰められた司馬懿は籠城し、蜀軍の食料が尽きるのを待とうとしたが、蜀軍では木牛・流馬を使い食糧供給を行っていることを知るや、その機械を略奪し、自国の工匠に複製を量産させた。

木牛・流馬が奪われたことを知った諸葛亮は、敢えて取り返すこともせず、司馬懿の意のままにさせた。
そして、魏の木牛・流馬が大量に完成し、戦場に現れた時、これを食料諸共奪い取ったのであった。
その後も度々追い詰められた司馬懿は、堅く守り出撃しないことを腹に決めた。
司馬懿は諸葛亮が病にかかっていることを知っていたのだ。
登場人物
諸葛亮
劉禅
蒋琬
費緯
李豊
姜維
魏延
馬岱
廖化
王平
張嶷?

司馬懿
司馬師
司馬昭
鄭文
秦朗
秦明
岑威
楽綝?
張虎?


>諸葛亮は李厳の代わりとして息子の李豊を推薦し、3年後に再び魏に攻め入ることを劉禅に誓った。
諸葛亮が李豊の才能を高く評価していました。
『演義』には無い評価、と言うより『演義』では李豊はほぼ「名前だけ」の登場です。
そもそも『演義』では李厳の才能を「陸遜に匹敵する」や要所の守備を単独で任されたりと「かなり高い評価」をしています。
その李厳より優れてるということは、某ゲームであれば政治や智謀の数値が90代・・・そんなアホな。

諸葛亮が出陣前に木牛流馬を造っていましたが、『演義』では出陣後、葫盧谷にて造らせます。
できたのは・・・ロボットのような牛?でした。
確か『三国演義』(ドラマ)でも同様なロボットでした。
『演義』にも寸法は出てきますが、どう読んだらこのような形状になるのでしょうか?
実際の木牛流馬は木牛が「4輪のリヤカー」、流馬が「1輪の手押し車」と言われています。

ついでに連弩も公開していました。
いやいや、そんな超兵器の試作ができているのであれば一緒に造って装備したら良いのでは?
『演義』で連弩は諸葛亮が死の直前に姜維に「考えているが試したことがない」と言って図面を渡します。

>関羽の子関興と、張飛の子張苞が他界し落胆を隠せない諸葛亮であったが、3年の歳月をかけ出征の準備は整った。
『演義』では出陣に最して譙周が天文を読み、時期ではないと反対しますが省略されていました。

>迎え撃つ魏の大都督はまたも司馬懿である。
一方、司馬懿の出陣に最しては夏侯淵の子・覇、威、恵、和の4名を推薦して従軍させますが、こちらも省略されていました。

>3年前の攻防戦で完敗した司馬懿であったが、諸葛亮の裏をかき、初戦に見事大勝を収めた。
街亭、陳倉と並ぶ蜀漢軍の大敗ですが、アッサリ描かれていました。
アニメでは魏延と馬岱が筏で渭水を下り浮橋を焼く役目を担っていました、と言うより2名しか武将が出てきませんでしたが、『演義』では魏延と馬岱は北岸の台地攻撃(見せかけ)、筏部隊を呉懿、呉班、司馬懿の本陣を衝くのが王平、張嶷、馬忠、姜維、廖化、張翼です。

しかし、この策は司馬懿に見抜かれ、魏延、馬岱は司馬懿と郭淮に包囲され、呉懿に辛くも救出されますが、呉班は楽綝と張虎に射殺されます。
さらに司馬懿の本陣に向かった蜀漢軍先陣の王平、張嶷も夏侯覇、夏侯威の伏兵にかかり大敗します。

>そこで諸葛亮は呉の孫権に北伐を促した。
費緯が呉に出兵の約束を取り付けた報告に現れました。
孫権と費緯の会話は省略されていましたが、ここに重要な内容が含まれます。
孫権は魏延の性格から後の災いを見抜きます。
『演義』では諸葛亮の会話の中にはハッキリ「魏延が後の災いになる」とは述べることはなく、魏延の言動に苦慮する諸葛亮を描き、暗に匂わす程度です。
第三者である孫権のこのハッキリした予言により、読者は明確な「魏延=危険」という認識を持つ重要な場面です。

>病にかかっており毎日薬湯を飲む生活を強いられているものの、諸葛亮の頭は冴えわたっている。
『演義』では病にかかっている描写は未だありません。
この後の五丈原に出る辺りから描写され出します。

>司馬懿が差し向けた偽の投降兵も見破り、それを逆手にとって司馬懿を追い詰めた。
偽りの投降をしてきた鄭文に斬られたのは秦朗の弟・秦明です。
またアニメでは姜維が諸葛亮に「いつ偽りの投降と見破ったか?」と聞いていましたが、『演義』では樊建が聞いています。

鄭文に偽手紙を書かせ、司馬懿をおびき寄せ大勝します。

『演義』ではその後、諸葛亮が周辺の土地を視察中に葫盧谷を発見し、木牛流馬を製作させます。

>追い詰められた司馬懿は籠城し、蜀軍の食料が尽きるのを待とうとしたが、蜀軍では木牛・流馬を使い食糧供給を行っていることを知るや、その機械を略奪し、自国の工匠に複製を量産させた。
『演義』では楽綝と張虎が木牛流馬を奪いに行きますが、アニメでは1人しか出てきませんでした。

>そして、魏の木牛・流馬が大量に完成し、戦場に現れた時、これを食料諸共奪い取ったのであった。
王平に討取られたのは岑威です。

アニメでは木牛流馬の「角」を回して動きを停めていましたが、『演義』では「舌」です。

郭淮が木牛流馬を奪い返しに来、魏延、姜維の伏兵に遭い撤退、魏将が援軍に来ていましたが、『演義』ではこの武将は登場しません。

再び「妖怪の兵士」が出てきましたが、『演義』では扮していたのは張嶷です。

>その後も度々追い詰められた司馬懿は、堅く守り出撃しないことを腹に決めた。
司馬懿が援軍に出撃、廖化の伏兵に遭い冠を捨てて単騎で逃げるのは『演義』通りです。
また魏延の不平も『演義』通りです。

諸葛亮の計に大敗した司馬懿に呉の侵攻が伝えられます。
アニメでは「曹叡が防いでいる」ということ以外、内容は一切語られませんでした。
特に大きな見所もないので仕方ないでしょう。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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