当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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最強武将伝 三国演義 第51話「司馬懿の反乱」

今回は「死せる孔明、生ける仲達を走らす」から、姜維の第二次北伐の途中(徐質を討ち取る)まで(『演義』第104回途中~第109回途中)です。






司馬懿は諸葛亮が死んだのではないかと推測し、夏侯覇に偵察を命じた。
まもなく夏侯覇が蜀軍撤退を知らせてきた。
そこで、全軍を率いて追撃を始める。
しかし、蜀軍に追いつこうという頃、突然蜀軍の迎撃の陣太鼓が轟き、森の中から諸葛亮の車が諸将に守られて押し出されてきた。
木造の諸葛亮であったとも気付かず、司馬懿は逃亡し、魏軍は敗走した。

諸葛亮の死後、楊儀が丞相代行の任に就いている。
しかし、魏延は楊儀の命に従わないどころか、馬岱を引き連れ蜀の兵権の譲渡を迫り、漢中に撤退する蜀軍の前に立ち塞がった。
魏延の謀反に直面した楊儀は、諸葛亮から手渡された錦の袋を取り出し、中にある指示を仰いだ。
そこに書かれていた通り、自分を殺す者はいるかと3回叫べば漢中を手渡すと魏延に伝えた。
魏延は大笑いした後、楊儀の言う通りに大声で叫ぶ。
すると突然、背後で馬岱が咆哮し、一刀のもと魏延は切り捨てられた。
馬岱もまた、諸葛亮から密命を受けていたのであった。

こうして、蜀軍は漢中に無事帰還を果たし、その後の軍事権は姜維が握ることになった。

一方魏国では、曹叡は病死し、曹芳が皇帝に就いた。

大将軍の任に就いたのは曹爽である。
野心家の曹爽は司馬懿を忌み嫌っていたため、司馬懿は仮病を使い余命を短く見せた。

すると曹爽は、上機嫌で狩に出かけてしまった。
司馬懿は素早く兵を動かし、洛陽を占領した。
曹爽は司馬懿に投降し、ついに司馬懿は魏国をその手中に収めた。

司馬懿反乱を聞いた夏侯覇は姜維に助けを求め、共に魏に攻め寄せてきた。
司馬一族がこれを防いだ。

司馬懿の死後、息子の司馬師と司馬昭が実権を握り以前、傀儡政権が続く。

呉国では孫権が病死し、孫亮が皇帝となる。

司馬師が呉を攻めるも、呉軍は頑強に抵抗し、数度の激戦を守り抜いた。
魏の敗戦を知った姜維もまた、魏に出兵したが、司馬昭と猛将・徐質が迎え撃つ。
蜀軍は徐質の勇猛さに為すすべもなかったが、姜維の計略により、徐質を討ち取ることを得たのであった。
そして夏侯覇が投降した魏兵に対し、軍服を脱ぐよう大声で命じた。
登場人物
姜維
魏延
馬岱
楊儀
趙直
費緯
廖化
張翼
夏侯覇

曹叡
曹芳
曹爽
李勝

司馬懿
司馬師
司馬昭
徐質

孫権

いよいよ本アニメも今回を入れて残り2回となりました。
そのため、今回は一気に『演義』5回分が消化され、それなりに大幅な意訳(省略ではなく)がありました。

>司馬懿は諸葛亮が死んだのではないかと推測し、夏侯覇に偵察を命じた。
有名な故事「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の場面だけ有り、ほぼ『演義』通り描かれていました。

>しかし、魏延は楊儀の命に従わないどころか、馬岱を引き連れ蜀の兵権の譲渡を迫り、漢中に撤退する蜀軍の前に立ち塞がった。
アニメでは一貫して魏延の行為を「反乱」としていました。
しかし、『演義』では反乱というより、「権力争い」と言ったほうが近い描かれ方をしています。
『演義』の記述では楊儀・姜維=諸葛亮の後継者→善、命令に服さない魏延→悪として書いているので、あながち間違ってはいませんが、魏延が独立して劉禅に背いたわけではありません。
また、上奏文を書いて自分の正当性を主張し、劉禅も説得を試みているのでやはり「反乱」と言うには語弊があるように思います。

魏延の夢の話(頭に角が生える夢)が出てきました。
省略される逸話かと思っていただけに、驚きです。
が、趙直がその夢を「凶兆」と費緯に告げましたが、肝心の「なぜ凶兆なのか」の解説がありませんでした。
「角」と言う字は「刀」を「用」いると書き、それが頭に、すなわち頭に刀を用いる=斬首という意味になります。

>こうして、蜀軍は漢中に無事帰還を果たし、その後の軍事権は姜維が握ることになった。
楊儀と魏延の対立は現場だけ描かれていました。
『演義』では上述したように双方がお互いの非を責める上奏文を劉禅に届け、劉禅も成都の蒋琬や費緯に計り勅使を派遣しています。

事の顛末はほぼ『演義』通りでした。

アニメでは楊儀は「諸葛亮の誠実な部下」程度の描かれ方でしたが、『演義』では「性急で狭量」(費緯の談)として描かれ、『正史』では斬られた魏延の首を踏みつけて「これでもう悪さはできまい」と言ったりとさらに狭量な人物に描かれています。

「魏延事件」の後は省略されていましたが、楊儀は諸葛亮没後の人事に不満で費緯に「諸葛亮没後に魏に投降していたら・・・」と漏らしたことから、官職を剥奪され追放、それを恥じて自害します。

>一方魏国では、曹叡は病死し、曹芳が皇帝に就いた。
諸葛亮没後の曹叡による無理な宮殿増設、公孫淵の反乱は省略されていました。

>野心家の曹爽は司馬懿を忌み嫌っていたため、司馬懿は仮病を使い余命を短く見せた。
アニメでは曹爽が「野心家」となっていましたが、『演義』では単に「司馬懿を警戒」しているだけです。
『演義』では曹爽が司馬懿から兵権を取り上げるべく太傅に昇進させますが、アニメでは省略されていました。
また、曹爽の出自(曹真の子)や弟(曹義、曹訓、曹彦)や腹心(何晏、颺、丁謐、畢軌)、謀臣の桓範も省略されていました。

ちなみに司馬懿の様子を偵察に行ったのは李勝です。

>曹爽は司馬懿に投降し、ついに司馬懿は魏国をその手中に収めた。
司馬懿が洛陽を抑えた事を聞いた曹爽に司馬懿の様子を偵察に行った文官(李勝)が「皇帝を奉じて司馬懿に対抗するように」と進言していましたが、『演義』では桓範がしんげんします。

アニメでも曹爽は凡将に描かれていましたが、『演義』では曹爽のために終始適切な献策をする桓範と対比してさらにどうしようもないボンクラ、キング・オブ・ザコに描かれます。

司馬懿が「“丞相”に就任した」と延べられていましたが、『演義』では丞相就任を断っています。

曹爽が処刑されていましたが、罪状は省略されていました。
これでは大義名分もなく国内の混乱は必至です。
『演義』では「曹爽らが皇位簒奪を企んでいた」という罪を被せて処刑します。

また、曹爽の“一族縁戚全員”を死罪と言っていましたが、そうすると曹氏、夏候氏全員になってしまいます。
『演義』では曹爽と腹心の“一家”となっています。

魏延に続き、司馬懿も今回の題名通り「反乱」となっていました。
こちらも『演義』では兵権を掌握したものの独立、もしくは皇位に就いたわけではなく反乱というより「権力掌握」と言ったほうが良いでしょう。
司馬懿が死去する場面でも司馬師と司馬昭に「不逞な気持ちを起こすな」と告げています。

>司馬懿反乱を聞いた夏侯覇は姜維に助けを求め、共に魏に攻め寄せてきた。
伝令が司馬師に「郭淮が蜀軍の水源を絶ち」と言っていましたが、正確には姜維が北伐のために築いた麹山の麓に築いた2つの出城の水源です。
蜀漢軍が陽平関に撤退後ナレで「姜維の第一次北伐」の概要が語られていました。

もう少し詳しく言うと、
姜維は2つの出城に苟安と李歆を入れ、羌族に援軍を要請し夏侯覇とともに出陣します。
魏は郭淮と陳泰が2つの出城を包囲、司馬懿に報告します。
羌族が現れず時間を空費している間に出城が包囲されたのを知った姜維は夏侯覇の策に従い、一気に魏国の雍州を狙います。
しかし、陳泰に見破られ陳泰に足止めされている間に郭淮に糧道を絶たれてしまいます。
姜維と夏侯覇が慌てて陽平関に撤退する際に司馬師と遭遇します(アニメの場面)。

>司馬師が呉を攻めるも、呉軍は頑強に抵抗し、数度の激戦を守り抜いた。
魏と呉の戦いはナレであっさり処理、その後の諸葛恪による魏侵攻は省略されてしまいました。

魏は司馬昭を大都督とし、王昶、胡遵、毌丘倹とともに呉に侵攻します。
呉は太傅の諸葛恪が丁奉らとともに迎撃します。
胡遵は呉の全端と留略の籠る城を落とせず、酒宴を開いていたところを丁奉に攻撃され大敗、敗報を聞いた司馬昭らも撤退します。

諸葛恪はさらに姜維とともに2方向から魏を攻める事を提案し、魏に侵攻しますが張特の籠る新城攻略に手間取る間に疫病が発生し撤退します。

この敗戦の直後に専横が甚しい諸葛恪は、それを憂いた孫峻に暗殺されますが、呉の国内情勢はすべて省略されていました。
『演義』でも呉は副次的な扱いですが、このアニメではより一層その傾向が強く、呉の逸話は孫堅、孫策を全省略したように「蜀漢と魏に関係ない呉の話」は徹底して省略されています。

>蜀軍は徐質の勇猛さに為すすべもなかったが、姜維の計略により、徐質を討ち取ることを得たのであった。
徐質と一騎打ちをした蜀将は廖化と張翼です。

アニメでは徐質は夏侯覇に討取られていましたが、『演義』では姜維に突き落とされ兵士に討取られます。

いよいよ次回は最終回です。
『演義』の11回分が描かれます。
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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