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小田原城の整備構想、市民団体の圧力で見直しへ

平成5(1993)年から小田原市は小田原城を江戸末期の姿に近づけるべく動物園や遊園地などを移転・撤去、門や櫓台の復元を実施してきました。
その一環として天守を遮っていた植栽の伐採計画を策定しましたが、小田原城祉の緑を守る会(鈴木志眞夫)の圧力により計画変更を余儀なくされたようです。






小田原城の整備構想見直しへ、市が緑保護の市民意見反映/小田原 2011年5月12日


 お城ブームの中、小田原市は2011年度から小田原城の整備基本構想を見直す作業に入る。馬屋曲輪(くるわ)の修景整備が終わり、4月から御用米曲輪の整備に着手したが、史跡を忠実に復元するだけでなく、市民が憩いを感じられる空間も取り入れていく方針だ。

 3月で整備が終了した馬屋曲輪は登城者のための馬屋が置かれた区域。広さは約7800平方メートル。2000年度から発掘調査が始まり、馬出門(うまだしもん)や櫓(やぐら)台の復元、馬屋や大腰掛けの位置を看板で表示するなどの整備を実施した。

 本丸の南側にあるこの区域は正規の登城ルートに当たる。整備により大手正面から城の景観を見られるようになった。総整備費は約6億6千万円(国が約半額負担)。

 御用米曲輪は江戸時代に幕府が米などを保管する蔵が最大6棟あった区域。広さは約1万8800平方メートル。石垣でなく土塁で囲まれ、中世期の特徴が残されている。

 基本構想の見直しは昨年、植栽管理計画に市民団体が反発したことがきっかけになった。緑の保護を求める市民の意見を反映して「極力保全を前提に検討する」と方針を転換した。

 小田原城は国指定の史跡であることから、市は1993年に整備基本構想を策定。史跡にそぐわない動物園や遊園地などを移転・撤去、江戸末期の姿に近づける方針を採ってきた。

 一方、史跡整備とは別に60年建設の天守閣は耐震不足の問題を抱えている。年間約40万人が訪れる観光のシンボルでもあり、対策が急がれる。

 市文化財課は「中心市街地内にあり緑化や都市公園的な視点でも検討する。国の方針を踏まえながら2~3年かけて構想全体を見直したい」と話している。(カナコロ


小田原城以外の城郭にも共通して言える事ですが、現存している城域に生えている樹木は極わずかな物を除き全て明治以降に植樹されたものです。
城郭は軍事施設ですので、眺望を遮り敵の足場や弾除けになるような樹木は殆ど植えられていませんでした。
例外として籠城時に食料とするための植樹、土塁造り城の郭城に稀に見られる外から主要建物を隠蔽するための城内に植えた「蔀(しとみ)の植物」、同じく城外に植えた「茀(かざし)の植物」などはありますが、全て徹底した枝打ちなど、敵を利する事が無いように管理されていました。

しかし現在、多くの城址は樹木が繁茂し、遠方どころか近づいても天守や櫓は見えず僅かに天守の屋根が覗く程度、城と言うより森と化しています。
また、視界を妨げるだけなら未だしも、最も問題なのはこれらの樹木の根により遺構、特に石垣が破壊されている事です。
本来は無い樹木を植えた事により石垣が崩壊するなど、もはや本末転倒です。

上掲記事中にもあるように、現在は城ブームとも言える状況のなか史実に基いた天守、御殿、櫓、城門などの復元整備が為されていますが、この様な視界の妨げとなり、遺構を破壊する樹木は容赦なく伐採するべきです。

城郭は観光名所である前に史跡であり、貴重な歴史遺産です。公園や憩いの場は二の次です。
市は貴重な歴史遺産を守り、後世に伝えるためにも、このような無知な団体の筋違いな圧力に屈する事無く計画通りに進めて欲しかったと思います。

反対している人間は今後石垣や遺構が崩壊した際に、責任を取る覚悟があってやっているのでしょうか?
「木を守れ」と言うような情緒的な反対運動は環境テロリストであるシーシェパードと何ら変わりありません。
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この手の 市民団体とゆわれるやくざな奴らは とにかく反対するのが生き甲斐のアホどもですからね 理由は二の次 反対のための反対運動をしてるんですよね

Re: タイトルなし

ひろしさん、こんばんは(^0^)
全く同感です。「市民団体」と称するプロ市民の集団は前後関係、経緯は無視でとにかく自分達の意見を無理矢理通そうとしますからね。
国や自治体を悪者に仕立て、とにかく反対することで自らの政治的立場を守ろうとする痛い集団だと思います。
緑を残すのも大事ですが、元々そこに無かったモノを残したがために貴重な遺構が破壊されては元も子もないのですが、それが分かってないのでしょうね・・・┐(-。ー;)┌
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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