当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

姫路旅行 1日目

5月15日(日)、16日(月)の2日間、姫路旅行に行ってきました
摩尼殿~書寫山圓教寺
~摩尼殿(書寫山圓教寺)







姫路は言わずと知れた国宝・姫路城があり今まで何度となく訪れましたが、今回は45年ぶりに実施されている姫路城の大修理見学と姫路の史跡を巡りに行ってきました。

朝7:30に出発、山陽道を使用し姫路に向かいます
前回の訪問時はカーナビにバイパスを案内され、大渋滞に巻き込まれた苦い経験から今回は山陽道のみを使用し、渋滞も無く1時間半で姫路に到着しました。

書寫山 圓教寺

圓教寺は標高371mの書寫山山上にあり、康保3(966)年、性空上人により開基された天台宗の寺院で「西の比叡山」と呼ばれる如意輪観音を御本尊とした古刹です。

書寫山麓の無料駐車場に停車し、ロープウェイで山上に向かいます。
ロープウェイ山上駅からはマイクロバスで摩尼殿まで行けますが、せっかくなので散策を兼ねて歩きます。
参道~書寫山圓教寺
~西国三十三箇所の青銅製御本尊が並ぶ参道

参道は500m程の緩い上り坂で、両側に配置された西国三十三箇所の御本尊を眺めながら暫く行くと仁王門、さらに暫く進むと正面に摩尼殿が現れます。
仁王門~書寫山圓教寺
~仁王門(江戸初期の再建、県重要文化財)

摩尼殿~書寫山圓教寺
~摩尼殿

摩尼殿は昭和8(1933)年に再建されたものですが、伝統様式による木造建築で豪壮な造りです。
友人と如意輪観音(秘仏なので見えません)を参拝、建物の裏を通り案内に従い暫く進みます。

少し歩くと鬱蒼とした森林が急に開け、正面に食堂、左側に常行堂、右側に大講堂が整然と並ぶ姿に圧倒されます。
食堂(重要文化財)~書寫山圓教寺
~食堂(重要文化財)

常行堂(重要文化財)~書寫山圓教寺
~常行堂(重要文化財)

大講堂(重要文化財)~書寫山圓教寺
~大講堂(重要文化財)

書寫山圓教寺は戦国時代、織田信長の命で播磨攻略を担った羽柴秀吉が毛利方に寝返った別所長治の籠る三木城を攻囲するのに本陣を置いたので有名です。
その際に秀吉の弟・秀長の家臣が柱に刻んだ落書きが食堂内に保存されています。
食堂内の戦国期の落書き①~書寫山圓教寺
~不鮮明ですが「羽柴小一良(郎)(小一郎=秀長)門 ○井○助」とあります。
 ○は読めません(汗)

食堂内を見学、今日は徳川四天王として有名な本多忠勝を始めとする本多家の廟所が開門されているので、参拝し下山します。
本多家廟所~書寫山圓教寺
~本多家廟所(左端が忠勝の供養塔)


兵庫縣姫路護國神社

昼食を済ませ兵庫縣姫路護國神社に向かいます。
姫路城は修理中ですが日曜は周囲でフリマをしているようで駐車場は大混雑です。
護國神社駐車場も有料で開放していましたが、参拝者は無料でした。
兵庫縣姫路護國神社 拝殿
~拝殿

兵庫縣姫路護國神社には戊辰の役以降国難に殉ぜられた兵庫県西南部地域(播州、但馬地区)出身の護国の英霊・56,988柱がお祀りされています。
我が大叔父の所属した歩兵第八十一聯隊の鎮魂碑も建立されており、僕にとっては大叔父とともにブーゲンビル島で散華した英霊がお祀りされている姫路護國神社は國神社、神戸護國神社と並ぶ特別な場所です。
兵庫縣姫路護國神社 第十七師團「鎮魂碑」
~第十七師團「鎮魂碑」
 (左:歩兵第八十一聯隊、右:野砲兵第二十三聯隊)

拝殿で参拝を済ませ、整然と並ぶ鎮魂碑を参拝し神社を後にしました。

陸軍遺構探索

ここで同行者としばし別れ、別行動となります。
まずは「名古山霊苑」に向かいます。
現在は霊園公園となっていますが、こちらは大東亜戰争停戦まで「姫路陸軍墓地」がありました。
名古山霊苑は山全体が墓地となっており、山頂付近には巨大な仏舎利が建てられています。
仏舎利塔(名古山霊苑)
~仏舎利塔

姫路陸軍墓地には戌辰の役以降の国難に殉ぜられた英霊・111,504柱がお祀りされていますが・・・これは酷い!
第一声は「何やこれ!?」でした。
姫路陸軍墓地全景
~全景
 中央に納骨堂、西(左)側に明治三十七八年戰役(日露戦争)関連、
 東(右)側に滿洲事變関連の墓標があります。

墓標は元あった場所から引き抜かれ、まるで無縁墓のように山状に配置され一種の記念碑的な形になっています。
一応きれいに?並んで管理はされてはいますが、明らかに敷地があるのにも拘わらずこのやり方には呆れというより怒りさえ湧いてきます。
なぜこのような事をしたのか疑問です。

この墓標の山、周辺に点在する慰霊碑等を参拝、見学して下山します。
名古山の南西側には高岡射撃場があり、現在は区画と的場の土塁が残っています。

この後、姫路城周辺に戻り周囲の陸軍遺構を探索します。
姫路城周辺には大東亜戰争停戦まで第十師團司令部、及び隷下の歩兵、陸軍病院など関連施設が配置されていました。
現在、遺構は殆ど残っていませんが、姫路陸軍兵器支廠西倉庫が姫路市立美術館、第十師團長官舎がカトリック淳心会本部として転用されています。
また、姫路城北側に設置された騎兵、砲兵、輜重兵営は現在、陸上自衛隊姫路駐屯地となり何棟かの建物が残されています。
陸軍遺構に関しては後日詳細を報告したいと思います。
姫路陸軍兵器支廠 西倉庫 南側
~姫路陸軍兵器支廠 西倉庫

第十師團長官舎 洋館部分 北西から
~第十師團長官舎 洋館部分

予約の時間が迫って来たので、同行者と合流し宿に向かいます。

塩田温泉「夢乃井」

【塩田温泉「夢乃井」公式サイト】
夢前町は田園が広がるのどかな場所で、空気もきれいで時間がゆっくり流れています。

そんな田舎の高台に建つ夢乃井はかなり大きな旅館で、宿泊客も多く賑わっています。
所々、古さは見えるものの清潔に保たれており、従業員の方も細かい所に気が着かれ非常に心地よい旅館です。

部屋に通され茶菓子で一服し、露天風呂に向かいます。
広大な田園風景を眺めながら入る露天風呂は格別です。
湯船に入りながら空を眺めると本当に気持ちが良く、疲れが吹き飛びます。
夢乃井露天風呂
~露天風呂

風呂を上がり、食事処に向かいます。
こちらの旅館は最上プランにしか部屋食は無いので夕食は食事処になります。
夕食は和洋折衷の「夢前カフォーネ会席」です。
いつもは和食会席なので、洋食が混じる会席は新鮮でどの料理も美味しかったです。
コーンスープしゃぶしゃぶで食べる夢前牛は脂身が少ないにも拘わらずとても柔らかく、主張し過ぎない牛肉の程良い味わいが濃厚なダシと良く馴染んで美味しかったです。
夢乃井カフォーネ会席
~コーンスープしゃぶしゃぶと前菜
 この後に次々に料理が出てきますが、食べるのに夢中で撮影し忘れました(笑)

食後はテレビを見たりゴロゴロして11:00頃に就寝しました。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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