当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

駿府城天守、再建の議論

静岡市で駿府城の天守再建の議論が起こっているようです。
城郭ファンとしては正直少し複雑な心中です。






駿府城天守閣、再建の議論加速 8/12 14:28


 静岡市葵区の駿府公園への駿府城天守閣再建をめぐり、地元関係者や市民団体の間で議論が活発化している。実際の城の設計図が発見されていないことから、これまで市は再建に慎重な姿勢を取ってきたが、4月に就任した田辺信宏市長が今月3日に「世論が盛り上がれば、可能性は大いにある」と発言。一方で、再建を求める市民団体からは市への申し入れが相次いでいる。

 推進派が期待するのは、再建による観光へのインパクトだ。市民団体「平成の駿府城をつくる会」の安池康之事務局長は「(駿府城を築城した)徳川家康の知名度を考えれば、国内外から人を呼べる。史実に基づいた“復元”は無理でも、今なりのやり方で“再建”はできる」と強調する。
 家康が残した文化遺産が「観光振興やまちづくりに十分生かされていない」との声も多い。長年、再建に向けて活動しているNPO法人「静岡文化・創造協議会」の池ケ谷恒雄理事長は「静岡に育った人間として、駿府城の価値が地元でさえよく知られていないのは寂しい」と語る。

 一方で、「史実に基づかない建物は造るべきでない」との慎重論も根強い。天守閣については、これまでに外観を示す絵巻やびょうぶ絵が発見されているが、絵柄が一致せず、設計図もない。有識者による市の建設可能性検討委員会は昨年3月、「現時点では復元すべきでない」とした報告書をまとめ、設計図のある天守台(城の土台部分)のみ再建を検討すべきと提言した。

 委員を務めた小和田哲男静岡大名誉教授は「かつては外観だけを史実に基づいて再現し、中身は現代建築という城も各地で造られたが、今は本物志向。中途半端な城を造っても観光客は呼べない」と現状での再建には否定的だ。
 田辺市長はマニフェストに駿府公園を歴史文化の拠点として活用する方針を掲げ、年度内をめどに名称を「駿府城公園」に改める考えを示している。園内では城の一部として復元された巽櫓(たつみやぐら)や東御門に加え、本年度は坤(ひつじさる)櫓の建設も始まる。
 田辺市長は今月、市内を巡回中のタウンミーティングで「天守閣がないのは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」とし、まちのシンボルとして整備する可能性に言及した。再建への賛否が分かれる中で、意見集約できるかどうかは不透明だ。(静岡新聞

駿府城天守復元については拙ブログでも去年取り上げました。
『2010.04.01 駿府城天守復元 、断念』
この時は上掲の静岡新聞記事にもある
>有識者による市の建設可能性検討委員会は昨年3月、「現時点では復元すべきでない」とした報告書をまとめ、設計図のある天守台(城の土台部分)のみ再建を検討すべきと提言した。
を取り上げ、史料のない天守の復元は無意味として反対意見に賛成しました。
現在でも駿府城天守の史料は未発見であり、僕の意見も変わっていません。

駿府城
▲駿府城推定復元図

僕の考えは以前から一貫して天守はあった方が良いと思うので、復元はするべきだと思います。
ただし、外観・内部とも構造を知る事のできる明確な史料の存在が大前提であり、史実に基づいた完全復元であるべきです。
史料の不足から外観だけを復元、ましてや史料もないのに想像で天守を復興するなど貴重な天守台の遺構を破壊するだけであり論外です。

駿府城の天守復元は昨年3月の検討委員会(志田直正・静岡英和学院大学副学長)答申で「史料のある坤櫓、清水櫓、清水御門などを順次復元、天守台は検討に入る」といった当然の方向で進んでいたと思ったのですが、小嶋善吉市長から、今年の4月に田辺信宏市長に代わったことから迷走し始めたようです。

天守復元(史料が無いので正確には「復興」)推進派「平成の駿府城をつくる会(安池康之会長)」(以下「つくる会」)の提言は「史実に基づいた“復元”は無理でも、今なりのやり方で“再建”はできる」???と端から史実に基づいた「復元」では無く、とりあえず天守を揚げて観光客を呼べ」と言ったもので、「金の為なら史跡何か関係無い」と聞こえます。

戦国時代好きなら誰もが知っている小和田哲男静大名誉教授は「今は本物志向。中途半端な城を造っても観光客は呼べない」と言われていますが、ある程度の観光客は誘致できるでしょう。
残念ながら僕は駿府城はまだ行けていないので、周囲の状況、すなわち交通の便、駐車場、食事場所、関連資料館、連携する観光地としての立地がどうなっているか知りませんが、これらがある程度揃っているのであれば、現存の城域が僅少でもつくる会の言うようにある程度「国内外から人を呼べる」かも知れません。

現に我が大阪市にある大坂城天守は「徳川時代の天守台に、豊臣時代の天守外観を複数ある屏風から選び、外装を徳川時代の白漆喰を用いて、最上層のみ豊臣時代の漆塗りとして鉄筋で建設」と、とんでも無い建物ですが、豊臣秀吉の知名度とも相まって大阪の観光地としての立地も良く年間100万人以上が訪れます。
天守はとんでもですが、巨大な現存櫓4基を始め広大な城域が現存しており、城好き(帝國陸軍好きにもw)でも充分楽しめます。

一方、駿府城にそれだけの魅力があるかです。
現存の城域は狭く、石垣は多少残っているようですが櫓は復元された1基のみ、本丸の堀は埋められたままです。
また、駿府城をどれだけ多くの人が知っているのかも疑問です。
駿府城と聞いて即「家康」、さらには「静岡」とどれだけの人が答えられるでしょうか?
大坂城の大坂の陣のような劇的な戦乱の舞台になる事も無く、家康の隠居城としての姿しか無く関連の歴史も薄く(今川舘や大御所政治などの前史等は殆ど知られていないでしょうし)知名度が高いとは言えません。
はっきり言って、これでは戦国好き・城好きは今までのように放っておいても来ますが、一般人の観光客は残念ながら・・・

観光地としても、城郭としても中途半端な状態でいきなり巨大な天守だけを揚げても、昭和30年代に乱造された鉄筋天守のように税金の無駄使いに終わり、維持費だけが負担になるのでは無いでしょうか?

まずは去年の検討委員会答申にあるように史料の完存している櫓、門の復元を実施、次いで天守台の復元、さらに埋められた堀の復元を実施し、城郭としてのカタチを整備、駿府城の存在を全国的に啓蒙、その間に高松城や丸亀城のように全国に天守の史料収集を呼び掛けたうえで漸く「天守をどうするか」と進めるべきだと思います。

いきなり天守だけ揚げても、単なる地元だけの盛り上がりで終わる様に思います。
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カウンター
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。


●Facebookやってますので本名ご存知の方はぜひ。
目印は水木しげる先生風の自画像です(笑)

検索フォーム
リンク
地図・史資料
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
ライオンズニュース
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる