当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

熊本旅行 3日目

10月12日・13日・14日の3日間行って来た熊本旅行の3日目です。
いよいよ最終日となってしまいました。
阿蘇 第一噴火口(熊本旅行)
▲阿蘇中岳第1噴火口






前日書いたように今日は朝5時に起床、大観峰まで雲海を見に行きます。

大観峰  【参考サイト】

入山無料、駐車場無料

雲海は前日と当日朝の気温差があり、かつ晴れないと見れないようで、前日の宿の方の話では「確立50%くらい」との事です。
目安として朝起きてうっすら霧が出ていたら見れる確率は高いようですが、あいにくこの日の天候は曇り後雨の予報、霧も出ていませんでした。
しかし折角起きたので車で出発します。

周辺の旅館とともに「雲海ツアー」があるのですが、誰も参加していませんでした。
知らないのでしょうか?

小雨がぱらつくなか大観峰に上りましたが、駐車場はガラガラ、挙句にモヤが発生しています。
僕達の他に2組ほどが雲海を見に来ていましたが、残念ながら不発に終わりました。
大観峰(熊本旅行)
▲大観峰から見た阿蘇市内

大観峰 (2)(熊本旅行)
▲大観峰から見た・・・?

不吉ですが、先行する旅行者がモヤの中に霞むのを見て同行者が「死者があの世に向かう道を歩いてるみたいやなぁ」と・・・

進めば進むほどモヤで何も見えないので、旅館に帰りました。
朝食を採り、出発します。


阿蘇神社  【参考サイト】

拝観無料、駐車場無料

まずは肥後の国一の宮「阿蘇神社」を参拝します。
阿蘇神社 拝殿(熊本旅行)
▲拝殿
 朝9時前に行ったところ、宮司による祝詞奏上が行われていました。

阿蘇神社は第7代・孝霊天皇の御代、孝霊9(-281)年6月、勅命により創建されました。
御祭神は神武天皇の御子・神八井耳命(カムヤイミミノミコト)の御子・健磐龍命(タケイワタツノミコト:阿蘇大明神~一の宮)を主神、御妃神・阿蘇都媛命(アソツヒメノミコト~二の宮)、阿蘇初代国造の国造速瓶玉命(クニノミヤツコハヤミカタマノミコト~十一の宮)及び近親10神の12神(12宮)をお祀りしています。
ご神徳は厄除け、縁結び、学業成績、交通安全です。

阿蘇神社の楼門は日本三大楼門の一つに数えられ、十二脚唐門様式で二層楼山門式と言われます。
「阿蘇神社」の扁額は有栖川宮熾仁親王の御親筆(拝殿に親王の御名入りの扁額があったので現在の物は複製?)です。
阿蘇神社 楼門(熊本旅行)
▲楼門

阿蘇神社 拝殿 (2)(熊本旅行)
▲拝殿内の有栖川宮熾仁親王の御親筆による扁額


阿蘇中岳噴火口  【参考サイト】

ロープウェイ1,000円、有料道路600円、駐車場無料

熊本と言えば熊本城と並び阿蘇火山は外せません!

続いて阿蘇中岳噴火口に向かいます。
ちなみに一般的に言われる「阿蘇山」と言う名の山は無く、高岳(たかだけ)、中岳(なかだけ)、烏帽子岳(えぼしだけ)、杵島岳(きじまだけ)、根子岳(ねこだけ)の阿蘇五岳が正確な名前だそうです。
その中でも中岳が現在も噴煙を上げ続けている有名な山です。

火口へのロープウェイは現在、北・西ともに休止中で、代替運行のバスか有料道路で登ります。
僕はレンタカーがあったので有料道路を登りました。

また、阿蘇中岳は現在も活動中ですので日によっては近づけない場合もありますので、事前に阿蘇山上事務所(0-67-34-1668)、阿蘇市観光協会(0967-32-1960)、阿蘇火山防災会議協議会(0967-22-3111)などに電話確認する事をお勧めします。

この日は昼から雨の予報で迷いましたが、電話で確認すると「見学可能」との事だったので折角ですし行ってみました。

山を登るまでは曇天で周辺の山々もモヤで覆われていましたが、山を登り出すと次第に晴れ間が広がり山上に着く頃にはモヤも晴れていました。
まさに英霊の御加護!神風が吹いたとしか思えません!

テレビ等で何回か見た噴火口でしたがこれは・・・!!!!
阿蘇 第一噴火口(熊本旅行)
▲第1噴火口

阿蘇 34567火口(熊本旅行)
▲その他の噴火口

阿蘇五岳(熊本旅行)
▲阿蘇五岳

目の前に広がる自然の造形に圧倒されしばし絶句してしまいました!

雄大な火口、荒々しい岩肌、湧きあがる煙、これは必見です。

火口付近を散策し車に戻る頃に丁度待っていてくれたかのように雨が降り出しました。

阿蘇 退避所(熊本旅行)
▲米軍の上陸に備えて構築されたトーチカ・・・ではなく、
 火山の噴火に備えた退避所です。


田原坂資料館  【参考サイト】

月曜休館、入館料210円、駐車場無料

続いて植木町に移動、「雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ 田原坂」と民謡に謡われた西南の役最大の激戦地「田原坂」です。

田原坂は約1.5km、標高60m程度のゆるやかな坂で、明治10(1877)年3月4日から17昼夜に渡り薩軍に攻囲された熊本城に進撃する歩兵第十四聯隊(小倉)とこれを拒止せんとする薩軍が激戦を展開、約10,000名の戦死者を出しました。
同月20日、聯隊は総攻撃を敢行し田原坂を占拠、薩軍は熊本城の攻囲を解き、九州山地を敗走し鹿児島に後退、9月24日、西郷隆盛以下薩軍幹部は鹿児島・城山の岩崎谷で自決し西南の役は終結します。

この日も民謡同様に予報通り豪雨が降りしきり、散策がだいぶ妨げられましたOTL
田原坂 弾痕の家(復元)(熊本旅行)
▲弾痕の家(復元)
 昭和63年に当時の古写真を元に復元されました。

田原坂資料館(熊本旅行)
▲官軍の軍装

田原坂資料館 (2)(熊本旅行)
▲薩軍の軍装
 薩軍は右側の和装が多く、連日の豪雨により次第に体力を消耗させていきます。

さすが有名な場所だけあり資料館は設備・史料ともに管理されており、よくある辺鄙な場所の適当な資料館とは一線を画していました。
時間が無かったのでサラッと見学しましたが史料は充実しており、なかなか興味深い内容でした。

また、生憎の豪雨にも拘わらず複数の歴史ファンが訪れていました。
僕と同じように豪雨の中カメラを片手に周辺の散策に向かう強者もいて驚きました。
田原坂 西南の役戦没者慰霊之碑(熊本旅行)
▲西南の役戦没者慰霊之碑
 碑の背後には西南の役で戦没した官軍6,923名、薩軍7,186名、殉難者29名の芳名が記されています。

田原坂 崇烈碑(熊本旅行)
▲崇烈碑
 当時の社会情勢や戦いの推移、田原坂の激戦の様子などがまとめられています。

資料館を後にし周辺にある七本官軍墓地同薩軍墓地を見学します。
田原坂 七本官軍墓地(熊本旅行)
▲七本官軍墓地 軍人墓標

田原坂 七本官軍墓地 (2)(熊本旅行)
▲七本官軍墓地 軍夫墓標
 大坂の眞田山陸軍墓地の軍夫墓標よりさらに小さい墓標です。

運転中は数m先も見えないような豪雨でしたが、車を降りるとなぜか小雨になる等・・・やはり英霊の御加護に違いない!と感じます。

七本官軍墓地は各地に残る陸軍墓地同様の個人個人の墓標が階級に応じて建てられており、県により解説の看板が建てられている(「戦闘」が「先頭」と誤字ですが・・・)のを始め非常に整備が行き届いています。

しかし、こんな田舎にもバカは居るようで、資料館の解説では墓標を倒したりする輩がいるようです。
そんなクズは死んじまえ。

一方の陸軍墓地は合葬墓と最近建てられた慰霊碑があり、こちらも、県により解説の看板が建てられ非常に整備が行き届いています。
田原坂 七本柿木台場薩軍墓地(熊本旅行)
▲七本柿木台場薩軍墓地

本来は周辺の征討総督有栖川宮御督戦台跡や宇蘇浦官軍墓地等も廻りたかったのですが、豪雨により断念しました。

最後にレンタカーを返却しに熊本市内に戻りつつ、昨日探索し切れなかった陸軍遺構などを探索、駅構内で熊本ラーメンを食べ、土産など見て回り新幹線に乗り帰阪しました。
クマモン(熊本旅行)
▲熊本駅で発見したクマモンとASO坊健太

つばめ358(熊本旅行)
▲つばめ358
 さらば熊本!!

旅行の3日間、当初は1日目:晴、2日目:曇り後雨、3日目:曇りの予報でしたが、1・2日目:快晴、3日目:曇り後雨と暑さには参りましたが何と予定に支障の無い天気になりました。
何より熊本の方々の人の良さに接し、楽しく快適な3日間を過ごす事が出来ました。
こちらがかなり無理を言っているのにも拘わらず快く聞いて下さったり、ある場所(敢えて場所は伏せますが)では駐車場や入園料を無料にしてくれたり、時間外に入れてくれたりと本当にお世話になりました。
文才が無いので上手く書けませんが大阪弁で言えば「ほんまエエ人ばっかりや!」です。
交通事情と暑さには参りましたが、食事や水も美味しく、何より人の良い熊本はまた行ってみたいと思います。
お世話になった全ての人にこの場を借りてお礼申し上げます。
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菊陽さん、こんにちは。

阿蘇神社はゆかりも古く肥後国一宮だけあって何とも言えない荘厳さでした。

私は菊池武光公、阿蘇惟澄公と同じく南朝の忠臣・新田義貞公を輩した群馬県出身なので、南朝の武将達には思い入れがあります。
近畿方面には南朝ゆかりの史跡が多く、結構回れたのですが・・・
菊池神社、行きたかったのですが豪雨と渋滞に阻まれ思ったより移動に時間がかかってしまい、こちらも断念せざるを得ませんでした・・・
有名な菊池武光公の銅像も見たかったのですが。
次回は必ず行きたいと思います。

詳細なご紹介、ありがとうございました。
それにしても菊陽さんは南北朝の歴史にも造詣が深いのですね!
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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