当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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宇治駐屯地創立60周年記念行事

今日は「陸上自衛隊・宇治駐屯地」で開催された宇治駐屯地創立60周年記念行事に参加してきました。
74式戦車 動態展示 (3)(宇治駐屯地)
▲74式戦車 動態展示






宇治は毎年天候が良くないのですが、今日も多分に漏れず「雨のち曇」の予報でした。
その雨も昨晩のうちに降ったのか、朝起きると晴れていました。

朝7:30に起床、8:00に車で出発し、9:20頃、駐屯地に到着しました。
他の駐屯地のように門前で待機する事も無く、駐車場に案内されます。
車の中で9:30まで待機するように言われていたので、カメラの準備をして9:30に式典会場に向かいます。

宇治駐屯地は関西補給処(福盛裕一陸将補)が所在し、桂支処(桂駐屯地)、三軒屋弾薬支処(三軒屋駐屯地)、祝園弾薬支処(祝園分屯地)を隷下に需品、火器、弾薬、車両、船舶、航空機、施設器材、通信器材、衛生器材等の調達、保管、補給・整備・調査研究を行い、日夜我が国の平和を支えてくれています。

宇治駐屯地は戦闘部隊では無く、戦闘部隊を裏で支える部隊(陸軍で言えば兵器補給廠、需品廠)なので、他の駐屯地行事のような観閲行進や訓練展示(模擬戦など)はありません。
そのため、他の駐屯地行事と同じ様に考えて来ると拍子抜けしてしまうかも知れません。
しかし、その分装備品展示は他の駐屯地行事に比べて空いており、戦車に子供が群がり乗っていたり、黒山の人だかりで装備品の後ろに必ず他の人が写る事もありません。
また、戦車のや誘導弾の操縦席、人命救助関連の装備は実際に触って動かせたり、通常はアスファルトの道路を走るだけの高機動車も敢えて凹凸のある場所を走ってくれたりと「おまけ」があります。
何より隊員の方が身近で質問の順番がすぐに廻って来ます。

さらに、宇治駐屯地は大東亜戰争終結まで「東京第二陸軍造兵廠 宇治製造所」が所在し、敷地には明治期~昭和前期までの建物が60棟以上残存しており軍跡好きにはたまらない場所です!

式典会場にはすでに参列部隊(観閲部隊では無いようです)が待機、程なくして中部方面音楽隊が入場、続いて参列部隊も入場してきます。
他の駐屯地記念行事では観閲部隊は迷彩の戦闘服ですが、宇治は後方部隊のため制服、一部スーツの隊員もおられます。
参列部隊(宇治駐屯地)
▲参列部隊

続いて、各部長、各支処長が入場、参列部隊指揮官・関西補給処副処長・正岡礼二1等陸佐が入場、執行官・関西補給処処長兼宇治駐屯地司令・福盛裕一陸将補が入場(入隊場とも小型トラックでは無く建物の中から徒歩でした)、最後に国旗が入場、登壇します。
執行官・関西補給処処長兼宇治駐屯地司令・福盛裕一陸将補 登壇(宇治駐屯地)
▲執行官・関西補給処処長兼宇治駐屯地司令・福盛裕一陸将補

一般席は会場西側に設けられていますが、人が少ないので移動しながら見学できます。
式は執行官式辞、来賓祝辞、来賓紹介、再び国旗登壇、国旗退場、執行官に栄誉礼、執行官、参列部隊指揮官、各支処長、各部長、参列部隊退場と進みました。
今回は宇治駐屯地創立60周年記念行事でしたが、国会議員は民主の売国奴・山井和則(外参権・重国籍・国会図書館法改正賛成、自民議員による鬱陵島訪問を非難)しか来ていなかったのが残念です。
よりによって何でこんなヤツが来るねん・・・
個人的には真の政治家・西田昌司先生の祝辞を拝聴したかったのですが・・・

部隊退場後は参列者に対し中部方面音楽隊による演奏、地元の子供達による宇治の伝統芸能「宇治田楽」、宇治駐屯地隊員による「鳳凰太鼓」が披露され式典は終了しました。
中部方面音楽隊(宇治駐屯地)
▲中部方面音楽隊

宇治田楽(宇治駐屯地)
▲宇治田楽

鳳凰太鼓(宇治駐屯地)
▲鳳凰太鼓

式典終了後は装備品を見学します。
兵器はいつもお馴染みの物ばかりですが、今回は時節柄放射線測定器や防護服など放射線関連の装備、救助機材等が展示されていました。
線量計(宇治駐屯地)
▲線量計

先述したように人だかりに悩まされる事無く間近で触ったり、見学できます。
今回も名物?74式戦車の動態展示が行われていました。
74式戦車 動態展示(宇治駐屯地)

74式戦車 動態展示 (2)(宇治駐屯地)

74式戦車 動態展示 (4)(宇治駐屯地)

高機動車の体験試乗は整理券も無く、先着順に乗ることができます。
他の駐屯地と異なり、凸凹の悪路を走ってくれます。


実は高機動車のコースは駐屯地開放の際に、立入禁止に指定されている場所を走行してくれます。
そのため、立入禁止地区にあるまで撮影できなかった陸軍時代の建物を間近で見る絶好の機会であり、今回何棟か撮影に成功しました。
1回目で建物の場所と撮影場所を確認、2回目で撮影、3回目で撮り漏らしを撮影。
一般客の少ない宇治だからこそできる事です。

その後は彰史館(資料館)、展望塔を見学、新たな資料が増えていないか確認、ピンボケだった史料を撮影し直し、今まで上手く撮影できなかった建物を再確認して駐屯地を後にしました。

帰る頃に丁度雨が降り出したのには助かりましたが、まだ開放時間があったので、せめてあと1時間ほど持ってくれたら良かったのですが。

自衛隊のみなさん、今日もありがとうございました!!
ピクルス王子(宇治駐屯地)(宇治駐屯地)
▲いやに「シュッ」としたピクルス王子
 首から下が男性のパセリちゃんもいました(笑)
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記念の展示ですね。

陸上自衛隊・関西補給処・宇治駐屯地には、
桜祭りで、訪問した事が有ります。
何時も、装備されているとは思えませんし。
記念行事の為に、持ってきて、展示されたのですね。
わたしは、体調不良の為に行けませんでした。


Re: 記念の展示ですね。

みぃにゃん様、こんばんは。
体調はいかがですか?
年に一度の記念行事に行けなかったのは残念ですね。

私は桜祭りは行った事ないのですが、レンガの建物と桜のとり合わせもまた綺麗でしょうね。
74式戦車は部隊マークから第3戦車大隊(滋賀県今津)の車両でした。
その他の装備品も姫路の第3特科隊、信太山の第37普通科連隊など他駐屯地からの出張でした。
宇治は後方部隊のため固有の戦闘車両は持ちませんが、関西方面の記念行事では最も身近に触れる事ができるので穴場かも知れませんね。

来年はぜひ、訪ねる事ができたら良いですね。
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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