当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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大阪城天守閣復興80周年祭、金蔵・千貫櫓・大手口多聞櫓公開

大坂城天守が昭和6(1931)年11月7日に復興してから今年で80年が経ちます。

大阪城復興天守(大阪陸軍遺構)
▲大坂城復興天守






大坂城天守は豊臣期が5年、徳川期が9年の短命だったのに比べ、昭和期の現在の天守は80年と最長であり登録有形文化財に指定されています。

先日、拙ブログでも取り上げましたが、今月は天守の復興を記念して様々な催しが行われています。

今日は「大阪城天守閣復興80周年祭」の一環として、天守入城が無料、千貫・大手口多聞櫓の特別公開、金蔵の特別公開があったので職場が近い事もあり、昼休みと得意先回りの待ち時間を利用して行ってきました。

天守は観光地&無料だけあってエレベーターに長蛇の列ができています(゜Д゜;)
時間が限られている僕は流石に並んでいる訳にもいかず、先に櫓の見学に向かいます。

天守の外に出て知ったのですが、今日は天守が復興されて丁度80年と言う事で天守無料、櫓公開以外にも「大阪城天守閣復興80周年記念セレモニー」、「諏訪流放鷹術実演」、「大坂城鉄砲隊演武」と催しが予定されていました。


金蔵(重要文化財) 特別公開

まずは金蔵を見学します。
金蔵と自動車庫跡(大阪陸軍遺構)

この金蔵は寛永2(1625)年頃、天守(徳川期)復興の際に建造した物を移築したと考えられてきましたが、寛延4(1751)年の配置図に「多聞櫓を転用」とあり旧金蔵より後に造られたようです。

蔵なので小さいものですが、御用金を収める蔵だけあって窓や通風孔に鉄格子を嵌め、床下には石を敷き詰め、壁は漆喰の厚塗り等、防犯・防火・防湿の対策が施された厳重な物です。
金蔵 内部(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲窓枠の鉄格子

金蔵 床下(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲床下


大阪城天守閣復興80周年記念セレモニー

金蔵の見学が終わる頃には天守前広場において「大阪城天守閣復興80周年記念セレモニー」が行われました。
大坂城鉄砲隊による祝砲射撃、復興天守と同じ昭和6年生まれの方2名に記念品の贈呈、近隣の小学生による風船飛ばしなどが行われていました。
戦国時代好きな僕ですが火縄銃の射撃は初めてみました。
復興80周年祭 開催(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲大坂城鉄砲隊による祝砲射撃

復興80周年祭 開催 (2)(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲ゆるきゃら「しろまる」


諏訪流放鷹術

セレモニーが終わる頃には「諏訪流放鷹術実演」が金蔵西側の広場で行われます。
放鷹術とは「鷹狩」の事です。
鷹匠と鷹(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲鷹匠と鷹

鷹(フクロウやミミズクもいました!)非常に良く慣れています。
ここまで慣らすには並々ならぬ努力と鍛練がいるでしょう。
同じ鳥を飼っている者として敬服いたします。
諏訪流放鷹術実演(大阪城天守閣復興80周年祭)

諏訪流放鷹術実演 (2)(大阪城天守閣復興80周年祭)

諏訪流放鷹術実演 (3)(大阪城天守閣復興80周年祭)


大坂城鉄砲隊演武

放鷹術が終わる頃には「大坂城鉄砲隊演武」が天守前広場で行われます。
この鉄砲隊、率いるのは「なんでも鑑定団」でお馴染みの澤田平氏です。
流石に昨日姫路で見たFH-70の砲列射撃より迫力は劣ります(当たり前や!)が、間近で見る火縄銃の射撃はなかなか迫力があります。



千貫櫓・大手口多聞櫓(重要文化財)公開

鉄砲隊演武が終わり、千貫・大手口多聞櫓の見学に向かいます。
千貫櫓・多聞櫓(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲千貫櫓(左)・大手口多聞櫓(右)

千貫櫓は元和6(1620)年9月より建造が開始されます。
大手口多聞櫓は寛永5(1628)年の徳川幕府による大坂城再築の際に建造されますが、天明3(1783)年、落雷により消失、嘉永元(1848)年に再建されました。
両方とも大坂城に数少ない現存櫓(他は乾、一番、六番櫓)です。

この両櫓は大坂城の大手門の内枡形を形成する最重要の櫓で、大手口から侵入する敵勢に対し横矢掛り、槍落とし、石落としと幾重にも防御設備が施されています。

千貫櫓 (2)(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲千貫櫓 内部
千貫櫓(大阪城天守閣復興80周年祭)
▲千貫櫓 内部


最後に大坂城天守内に再度入城します。
エレベーターは朝より長蛇の列ができており、仕方ないので階段で上がります。
常設展は何回も見ているので飛ばして、目当ての特別展「大阪城復興」を見学します。

予想通り天守復興期の大坂城本丸の陸軍施設の史料があります。
が、悉く展示ケースの奥の壁に掲示されているため、写真は良いとして図面などの文字が読めません。
双眼鏡でも持ってきたら良かったと後悔です・・・
特別展は撮影禁止のため、眼鏡をずらしたり必死に読んでメモしておきました。

特に『大阪城天守閣付近見取り圖』は天守復興直前の本丸内の第四師團司令部の配置が詳細に書かれた、非常に貴重な図面です。
大坂城は拙ブログでも記述しましたが明治維新後陸軍の管轄となり、城内には数々の施設が設置されます。
大阪市による大阪城天守復興に伴う大阪城公園の設置と本丸内への市民への開放の条件として、陸軍は本丸内の陸軍施設を集約するため新築の司令部建設、立ち入り区域の明確化、有事の際の即時入場規制を要請します。
この際に作成された図面です。

その他にも昭和4年の空撮(低空からの撮影のため、建物が立体的に撮影されている)、昭和17年頃の軍事施設が黒塗りの空撮(建物配置は不明ですが、昭和17年頃の軍事施設がどこにあるのか分かる)、天守復興後の本丸開放時の本丸内施設の案内図など興味深い史料が多々展示されていました。

これにて今日の大坂城見学は終了です。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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