当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第四師團司令部庁舎 特別公開

今回は「大阪城天守閣復興80周年祭」の一環として、司令部庁舎を転用していた市立博物館が平成13(2001)年3月31日に閉鎖されてから初の内部公開です。
第四師團司令部庁舎-庁舎(大阪陸軍遺構)
▲第四師團司令部庁舎






第四師團司令部庁舎についての詳細は以前、拙ブログでも取り上げているのでそちらを参照ください。

『第四師團(のち中部軍、第十五方面軍・中部軍管區)司令部、第三十五航空情報隊 他大坂城本丸の遺構』

今回は初の一般公開とあって予想以下に狭隘な範囲しか公開されず、やや期待外れとなりました。
ただ、入口にアンケートが置かれていたので、今回の反響次第では次回以降の公開、さらに広範囲で行われる可能性があります。

第四師團司令部庁舎 見取図(昭和6年、竣工時)
①4D司令部 詳細図(大阪陸軍遺構)
今回公開されたのは「1階 玄関(た)」、「1~2階の階段」、「2階 貴賓室(て)」、「2階 露台(と)」のみです。

庁舎内部
第四師團司令部庁舎-1階-た 玄関内部(大阪陸軍遺構)
▲た 1階「玄関」

第四師團司令部庁舎-『建築と社会』第四師團司令部庁舎 玄関受付(大阪陸軍遺構)
▲当時の玄関受付窓
 玄関は外壁同様に壁は日華石張、笠木(窓枠上部の装飾)はテラコッタ、窓枠は紫雲石粗面彫刻、窓台は大理石霜降りのロマネスク様式に統一されていました。
現在は全く面影は無く人造大理石の壁材が張られた無機質なもので、今となっては古臭ささえ感じます。


第四師團司令部庁舎-1階 中央階段(大阪陸軍遺構)
▲1階階段廻り

第四師團司令部庁舎-『建築と社会』第四師團司令部庁舎 1階段室(大阪陸軍遺構)
▲当時の階段廻り
 床は有田タイルが張られていましたが、現在は床材が張られています。
 床以外はほとんど当時のままです。


第四師團司令部庁舎-1階 北側廊下(大阪陸軍遺構)
▲1階 北側廊下(北側出口から)
 天井は全てアーチ状の装飾が施されています。

第四師團司令部庁舎-1階 北側廊下 (2)(大阪陸軍遺構)
▲1階 北側廊下(南側階段から)
 階段廻りの壁面腰羽目(下半分の腰板)は焼き紫雲石で薄茶色の当時のままです。

第四師團司令部庁舎-1階 南側廊下(大阪陸軍遺構)
▲1階 南側廊下
 各部屋の扉は全て戦後にガラス付きの扉に交換されているようです。


第四師團司令部庁舎-2~3階段 て 貴賓室前(大阪陸軍遺構)
▲2~3階階段
 手摺は当時のままの大理石製で手摺上部の装飾は石膏の銀燻仕上です。

第四師團司令部庁舎-2階 南側廊下(大阪陸軍遺構)
▲2階 南側廊下
 1階同様、各部屋の扉は全て戦後にガラス付きの扉に交換されているようです。


第四師團司令部庁舎-2階-て 貴賓室 南側(照明は戦後の物)(大阪陸軍遺構)
▲て 貴賓室

①4D司令部 貴賓室(大阪陸軍遺構)
▲竣工当時の貴賓室(上掲写真と同じ角度)
 壁・天井は金糸入緞子張り、壁面木部はチーク材ラック(ニス塗り)仕上げの豪華なものでしたが、石膏彫刻の天井以外は大幅に改変され、原形を留めていません。


第四師團司令部庁舎-2階-と 露台(大阪陸軍遺構)
▲露台から見た庁舎

第四師團司令部庁舎-2階-と 露台からの庁舎(大阪陸軍遺構)
▲庁舎塔屋
 塔屋の中央には菊の御紋が燦然と輝いていましたが、現在はありません。
 色が薄くなっている場所に菊の御紋を頂いていました。

第四師團司令部庁舎-『建築と社会』第四師團司令部庁舎(大阪陸軍遺構)
▲竣工当時の庁舎塔屋
 菊の御紋は金鍍金で直径1m5㎝ありました。
 貴賓室の窓枠は戦後に改変されているのが分かります。


各装飾
第四師團司令部庁舎-1~2階段(大阪陸軍遺構)
▲階段側面の唐草紋様
 当時の写真を見ると濃い色が塗られていたようです。

第四師團司令部庁舎-2階段の装飾(大阪陸軍遺構)
▲階段上部のアーチの装飾

第四師團司令部庁舎-1階 中央階段前の天井(照明は戦後の物)(大阪陸軍遺構)
▲階段前の天井にも微細な装飾が施されています。

第四師團司令部庁舎-2~3階段のステンドグラス(大阪陸軍遺構)
▲2~3階の階段踊り場上部のステンドグラス
 貴賓室に合わせたステンドグラスと思われます。

第四師團司令部庁舎-2階-て 貴賓室(照明は戦後の物)(大阪陸軍遺構)
▲貴賓室の天井
 梁は当時のまま、石膏彫刻ペンキ拭き取り仕上げです。
 照明は博物館時代の物です。

第四師團司令部庁舎-2階-て 貴賓室 明り取り窓の装飾(大阪陸軍遺構)
▲貴賓室の明り取り窓ガラス
 3ヶ所ある明り取り窓ガラスのうち、中央の物のみ当時の切子ガラスが残されています。
 両側の明り取り窓は残念ながら換気扇が取り付けられてしまい、ガラスはありません。

第四師團司令部庁舎-1階-ち 車寄せ(大阪陸軍遺構)
▲玄関前の車寄せ
 紫雲石に彫刻が施されています。

第四師團司令部庁舎-『建築と社会』第四師團司令部庁舎 (12)(大阪陸軍遺構)
▲竣工当時の車寄せ

第四師團司令部庁舎-庁舎(大阪陸軍遺構)
▲外観は殆ど当時のままですが、車寄せ前面に付いていた照明は撤去されています。


今回は公開範囲がかなり限定されたものでしたが、10年ぶりに一般公開された事は大きいと思います。

内部は天井廻りは当時の原形を留めているようですが、玄関周り、壁、扉、照明などは手持ちの史料と比べると、かなり改変されているようです。

今後、これ以上の改変をする事無く、できれば史料写真等を参考にできる限りの復元をして貰いたいですが・・・
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お~レトロモダンな外観 たまりませんよね 是非とも中身もオリジナル近くに戻して保存してほしいですよね 左翼チックなアホ共からしたら『戦争史跡』で 負の遺産やからとりこわしたいのかなあ(?_?) このような史跡軍跡は過去を学ぶためにも残すべきですよね 賢者は歴史に学び 愚者は経験に学ぶ だったかな(?_?)(間違いならすいません~) まさに今の自虐史観 媚シナチョーセンの奴らは 経験(感情ですね)に学んでるのか固執してるのか…ですね

Re: タイトルなし

ひろしさん、こんばんは(^O^)
司令部庁舎内部は戦後の警察、博物館に転用される過程でかなり改変されているようです。
資料を見ると、特に博物館時代が致命的のようです。
できれば京都の第十六師團司令部庁舎のように完璧に近い復元・保存をしてもらいたいですね。

実は陸海軍遺構・軍跡は皮肉なことに左翼の方が保存に熱心なんですよ。
帝國陸海軍=戦争=悪と言った捻れたイデオロギーの宣伝に使うために保存、中には著しく偏った説明板まで立てて先人達を貶めている遺構もあります。
この司令部庁舎の横にも反日的なウソが書かれた看板が立っています。
論評にも値しないので、ブログでは一切触れていませんが・・・
「賢者は歴史に学び 愚者は経験に学ぶ」。ビスマルクの名言ですね。
全くですよ!
軍跡・遺構はそこに国防のための施設が有った事を周知し国民に国防の重要性を啓蒙、帝國陸海軍の失敗を教訓にし、大東亜戰争のように再び敵の侵攻を許さぬように強大な軍事力を持ち(法整備を含め)、劣勢ながらも命をかけて祖国を護るために戦ってくれた光輝ある陸海軍を顕頌するために保存・活用すべきだと思います。

そうなんですか(?_?)左翼っぽい奴らが反戦(似非偽善平和運動)のために利用するわけですな ケシカラン! まあ 右翼(在日が運営する似非)も左翼もこうゆう事を利用したがりますよね 特攻しかり 彗星夜戦隊率いた美濃部氏も戦中に特攻に反対し正攻法を押し通した事で 馬鹿左翼からは特攻に反対した反戦壮士のように扱われそうになったのを拒否った経緯がありましたもんね… なんちゅうか ほんま ちゃんと過去を顧みる事が出来る団体が出てこないものか…

Re: タイトルなし

ひろしさん、こんばんは。
サヨクというのは全体を見ずに自分達の都合の良い箇所だけを切り取って、政治闘争(宣伝)に利用するのでたちが悪いです。
まだ史料から切り取るなら反証できますが、捏造・偽造も当たり前、特に胡散臭いのが体験者の証言と称した出所不明のウソ話も平気で持ち出すので話になりません。
南京事件しかり、慰安婦しかり、關東軍防疫給水部しかりです。
美濃部正元中佐も特攻の戦法に反対しただけであって、特攻の作戦には反対していませんからね。
最終的には特攻出撃を前提に訓練していますし・・・
戦後にサヨ評論家が特攻に反対した話を引き出そうとして空振りに終わった話は有名ですね。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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