当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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黄金塚古墳 演習陣地

大阪府和泉市上代町(うえだいちょう)に所在する黄金塚古墳(和泉黄金塚古墳)に大東亜戦争末期に陣地が築城されました。
黄金塚陣地#12881;
▲黄金塚古墳南東側の塹壕

【探索日時】
平成23年12月27日





遺構について 【地図】
国史跡・黄金塚古墳は景初三(239)年銘の画文帯神獣鏡が出土したことで知られ、古代史ファンには有名な古墳です。

現存の陣地は大東亜戦争末期、陸軍が構築しましたが、史料が無く目的は不明です。

昭和18(1943)年7月6日、第百四十四師團が編成され、信太山陸軍演習廠舎に移駐、隣接する同演習場において演習を開始します。
昭和20(1945)年3月、第百四十四師團は鹿島灘に移駐、4月9日、第百四十四師團が編成され、昭和19年7月に留守第四師團から陣地築城を継承、大阪警備府とともに本格的な近畿地方の防衛体制を整備し、決號作戰(本土決戦)に備えます。

本土決戦陣地に関して僕は造詣が深くないので何とも言えませんが、陸海軍は紀ノ川を中心とたし和歌山県沿岸から大阪南部の一部にかけてを主要防御線とし陣地築城、特攻基地の設営を行いますが、古墳のある和泉市周辺は防衛拠点から外れている事から当陣地は実戦用では無いのではないでしょうか。
参考文献でも述べられていますが、第四十四師團が近隣の信太山陸軍演習場で決號作戰に向け演習をしている事から、大阪湾を敵上陸地点と見立てた演習用陣地と思われます。

同師團は機動打撃師團に位置付けられ優良装備を持ち師團編制に野砲兵第四十四聯隊、第四十四師團速射砲隊が配属されるなど火力が充実、沿岸配備師團が敵上陸部隊を拒止している間に戦場に急行、その火力を持って敵を殲滅する事を任務としていました。
現存陣地が密集している事、場所が突出し過ぎている事、和泉平野が一望できる事から、個人的に師團監視所では無いかと思います。
黄金塚陣地古墳から見た和泉平野(東方向) パノラマ写真
▲古墳から東方向(大阪湾側)を見る

古墳は和泉市北部の信太山丘陵北端に位置し、現在約26ヶ所程の塹壕が現存しています。
参考文献によると後円部墳丘上にも多数の塹壕があった様ですが、昭和25~26年に行われた発掘調査の後、埋められてしまった様です。

黄金塚陣地陣地(カラー)
▲塹壕(赤色部分)配置
 :古墳入口

黄金塚陣地古墳 北から
▲古墳全景

古墳全体がヤブで覆われているため、一部の塹壕はかなり見づらいです。

裾部に配置された①~⑪、㉑、㉒、㉔~㉖はヤブに阻まれ行きつくのに苦労しますが、塹壕本体は状態も良く形状把握が容易です。
特に南部の㉑、㉒、㉔~㉖は形状も良好です。
黄金塚陣地②
▲塹壕② 直径100x深さ70㎝

黄金塚陣地③
▲塹壕③ 幅100x長さ200x深さ50㎝
  北西側の横長塹壕は全て浅く横長です

黄金塚陣地⑨
▲塹壕⑨

黄金塚陣地⑩
▲塹壕⑩

黄金塚陣地#12881;
▲塹壕㉑
  南東側の壕は深く掘られています

黄金塚陣地#12882;
▲塹壕㉒
  この壕は側面に20㎝程の穴が複数掘られていますが、用途は不明です。

黄金塚陣地#12884;
▲塹壕㉔

黄金塚陣地#12885;
▲塹壕㉕

黄金塚陣地#12886;
▲塹壕㉖


墳丘頂部に配置された⑫~⑱、㉗は大型の塹壕ですが、ヤブに覆われ位置は分かるものの形状把握はかなり困難です。
撮影もしてみましたが何だか分からない写真になってしまいました(´・ω・`)
黄金塚陣地⑱
▲塹壕⑱
  内部から

⑲、㉓は殆ど崩壊しており、形状も不明瞭です。

黄金塚古墳は出土品も貴重で国史跡にも指定された有名な古墳ですので、和泉市・文化庁は墳丘上の草刈り・樹木伐採も行なって欲しいものです。
合わせて貴重な軍事遺構でもある塹壕も埋め戻すこと無く、現状を維持して欲しいと思います。


主要参考文献
『戦史考古学研究 4』 (平成20年3月 伊藤厚史)

『大阪府和泉市和泉黄金塚古墳平成の発掘調査』 (平成17年 和泉市教育委員会) 
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おー 演習場から外れた場所 それも古墳に陸軍の野戦築城跡があったんですか(*_*) 近所だから見てみようかな(^_^)v って どのあたりなのか 古墳あるのも知らなかったです (黒鳥山公園上がったとこに一個あるのはしってましたが(◎o◎))

Re: タイトルなし

場所は鳳高校の南西、泉北クリーンセンター(ゴミ焼却所)の東側の棚田の真ん中にあります。
本土決戦は和泉平野では想定されていなかった事から、恐らく築城演習のために構築されたと想像されているようです。
ただ、墳丘上はヤブが酷く、それなりの格好で行かないと厳しいかもしれません(^_^;)

明けましておめでとうございます!

米軍が、狭い紀淡海峡を通過して、大阪湾内に上陸作戦を敢行する事は考えにくいですが。この遺構は明らかに本土決戦の為に構築されたものと思われます。
遺跡ですので、本来演習の為に掘り返す場所ではありません。
当地の部隊が独断で構築したものか?それとも上級部隊よりの命令があったのか?…。
人工的に造営された古墳を掘り返すのですから。比較的に作業は容易であったと推察しますが。…いずれにしても、当時の切羽詰まった状況が偲ばれます。

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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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