当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

初詣

遅ればせながら初詣に行ってきました。
橿原神宮(橿原)
▲建国の聖地「橿原神宮」






本日は知人と古い街並みが残る奈良県橿原市の今井町の散策を予定していました。
しかし、しかし、なかなか集合場所の現れず、「時間を間違えた?」「日にちを間違えた?」「場所を間違えた?」と逡巡、30分待っても来ないので電話をしましたが繋がらず、メールを入れても返信は来ず、諦めてメールに「建国の聖地に行って帰ります」と入れて橿原神宮に向かいます。

大和八木駅から歩いて20分、我が国の第2代天皇・綏靖天皇の御陵「桃花鳥田丘上陵」(つきたのおかのうえのみささぎ)に到着、参拝します。
綏靖天皇御陵(橿原)
▲綏靖天皇御陵「桃花鳥田丘上陵」(つきたのおかのうえのみささぎ)

次いで、その南側にある神武天皇の御陵「畝傍山東北陵」を参拝します。
神武天皇は言わずと知れた我が国の初代天皇であらせられます。
御陵の神聖な雰囲気・張り詰めた空気・研ぎ澄まされた空間に自ずと身が引き締まります。
神武天皇御陵(橿原)
▲神武天皇御稜、参道入り口と大和三山の1ッ畝傍山

神武天皇御陵 (2)(橿原)
▲神武天皇御陵「畝傍山東北陵」

両御陵を参拝し、その南側にある建国の聖地・橿原神宮を参拝します。
橿原神宮は初代・神武天皇が艱難辛苦を乗り越え東征を敢行、大和の国を中心とした中つ国を平定され、即位の礼を挙げ、我が国の基を建てられた宮跡に明治23(1890)年4月2日に創建されました。
ご祭神は神武天皇、媛蹈鞴五十鈴媛皇后です。

橿原神宮は以前にも1度参拝した事があるのですが、日本人として建国に聖地を尋ねるのは気持の良いものです。
橿原神宮 (2)(橿原)
▲橿原神宮「内拝殿」

最後に橿原神宮に隣接してある「若桜友苑」に向かいます。
こちらは「航空母艦 瑞鶴之碑」・「殉國之碑」(第十三期海軍甲種飛行予科練習生慰霊碑)・「鎮魂之碑」(駆逐艦若月、初月、秋月、第六〇一航空隊、瑞鶴とゆかり深き諸英霊慰霊碑)があります。

僕の親族は空母「瑞鶴」に乗艦、捷一號作戰時には第一噴進砲群(右舷最前部)の指揮装置を操作していました。
瑞鶴が沈没した際に運良く退去に成功し、数年前に残念ながら戦友の元へ旅立ってしまいました。
そのため、瑞鶴には特別の思い入れがあります。
各碑に祀られる殉国の英霊たちに感謝の誠を捧げ、神苑を後にしました。
瑞鶴之碑(橿原)
▲「瑞鶴之碑」(昭和26年10月25日、瑞鶴会 建立)
 10月25日は昭和19年、捷一號作戰において瑞鶴が沈んだ日です。

第十三期海軍飛行豫科練習生「殉國之碑」(橿原)
▲「殉國之碑」(昭和48年11月18日、海軍甲種飛行豫科練習生第十三期生存者一同 建立)

鎮魂之碑 (2)(橿原)
▲「鎮魂之碑」(昭和58年3月21日、瑞鶴会 建立)

復元瑞鶴檣(橿原)
▲「鎮魂之碑」背後にある復元された瑞鶴の前檣(マスト)
 昭和56年10月、瑞鶴が建造された川崎重工より寄贈されました。
 碑文にある通り原型と多少異なって(一三号電探?が直付け、ヤード形状が違う、旗桁が無い・・・)いますが、川重から寄贈された事に意義があると思います。

絆の錨(橿原)
▲絆の錨
 海上自衛隊から寄贈された錨のようですが、由来は不明です。

と、この辺りで漸く知人から連絡があり、「寝てた」との事・・・
今日は中止と思いきや「今から行きます」との事で、予定より4時間遅刻して合流、昼食を食べて今井町の散策に向かいます。
今井町は天文年間(1532~1555)に一向宗徒の今井豊寿が寺内町を形成した事に始まり、自衛のため周囲に堀を巡らし武装した環壕集落を形成します。
天正13(1575)年、石山合戦(織田信長×本願寺顕如)の際、織田信長に降り、商業都市に転換、現在も江戸期の街並みが残ります。

今井町は飛騨高山のように観光地化はされておらず、現在も住宅として現役で使用されている古い街並みを散策して楽しむ地域です。
そのため、大々的な案内板や観光施設(土産物屋や食事場所)は殆どありません。
一部、内部が公開されていますが、飽くまで古い町並みを楽しむ地域です。
点在する重文、県指定文化財の民家を散策し、帰路につきました。

今井町(橿原)
▲街並み

今井町~高木家(橿原)
▲高木家住宅(重要文化財)

今井まちなみ交流センター「華甍」(旧高市郡教育博物館)(橿原)
▲旧高市郡教育博物館(今井まちなみ交流センター「華甍」)(県重要文化財)

今井町~旧米谷家(橿原)
▲旧米谷家(重要文化財)

今井町~旧米谷家 (2)(橿原)
▲旧米谷家内部(重要文化財)

今井町~環濠(橿原)
▲今井町周辺の復元環濠

本来はこの後、飛鳥方面か奈良公園方面に向かう予定でしたが、駅前の近鉄で少し休憩して解散となりました。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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