当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫

兵庫県三田市三輪に大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫がありました。
ゴルフ場駐車場南側の半地下壕(大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫)
▲山林に遺る半地下壕跡

【探索日時】
平成23年12月30日





遺構について
大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫
昭和20(1945)年初旬、米軍による本土空襲が迫るなか大阪陸軍兵器補給廠は三輪町(現、三田市三輪)に所在し休業中の有馬ゴルフ倶樂部(現、三田ゴルフクラブ)を借上げ、ゴルフコース、及び周辺尾根線の起伏を利用し、地上倉庫、横穴式・半地下式倉庫を掘削、油脂・砲弾?の疎開を行います。
※構築された詳細な時期、部隊、倉庫の規模など詳細は不明

大東亜戦争停戦に伴いゴルフ場は返却され、ゴルフ場再開に伴いコース内の倉庫は解体、横穴式・半地下式倉庫も埋め戻されます。

現在、駐車場周辺の斜面に半地下倉庫の痕跡が僅かに遺されています。
半地下施設
三田ゴルフクラブ支配人の話では屈折しながら100m程続いているそうです。
ゴルフ場駐車場南側の半地下壕(大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫)
▲幅2m程の半地下壕が30m程続き、L字に曲がっています

ゴルフ場駐車場南側の半地下壕 (2)(大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫)
▲上から見た半地下壕

戦時中の防空壕埋め立て工事(三田ゴルフクラブ)(大阪陸軍兵器補給廠 三輪倉庫)
▲コース内の壕埋め戻し作業の様子(三田ゴルフクラブ様、提供)


住友金属工業プロペラ製造所 廣野疎開工場
遺構は皆無ですが、近隣にあったのでメモしておきます。
昭和20(1945)年初旬、廣野(現、三田市けやき台5)住友金属工業株式会社プロペラ製造所の疎開工場(地下・半地下覆土式)がに建設されます。

同製造所は海軍機のプロペラの大半、陸軍機の約半数を製造していた事から、陸海軍共同管理工場に指定されますが、広野疎開工場は海軍の第五八二海軍設營隊(大阪警備府麾下、昭和20年5月15日編成、屋敷浩技術大尉、8月22日解隊)が担当しました。

停戦時、未完成ながら地下壕7本・約200mが掘削されます。

昭和50(1975)~60(1985)年にかけ三田市による北摂三田ニュータウン開発に伴い、北摂三田ウッディタウン(中央地区)として造成・開発が開始、壕口は土砂で閉鎖されますが、内部はそのまま残されたため平成10(1998)年10月、直上に建てられた住宅地で陥没事故が発生します。
造成中は土砂で閉鎖された壕口が見えたらしいですが、現在は全く見えません。
地下壕跡の幹線道路(住友金属プロペラ製造所 廣野疎開工場)
▲現在の廣野疎開工場跡に建つ住宅地(けやき台4丁目から5丁目を望む)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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