当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

インドネシア紀行 3日目 快晴

4月11日(水)
インドネシアでの生活も3日目です。
3日目 ボロブドゥール 北東から(インドネシア紀行)
▲ボロブドゥール寺院







より大きな地図で インドネシア紀行 を表示

8:00過ぎにホテルを出発し、途中の大衆食堂でソト・アヤム(Soto ayam)を食べます。
ソト・アヤムと言うのは、鶏ガラで出汁をとったスープをご飯に掛けた物で、目の前に山積みされた鶏の頭、肝、手羽、モモも適当につまみ、一人150円程です。
3日目 朝食 ソト・アヤム(Soto ayam)(インドネシア紀行)
▲ソト・アヤム
 通常はご飯とスープが別々ですが、この店では一緒になっていました。

3日目 朝食 アヤム(ayam)(インドネシア紀行)
▲山積みのayam(鶏肉)の茹でた物から好きな部位(頭、砂肝、手羽、もも)を取って食べます。

朝食後はジョグジャカルタの街を抜け、田園風景の広がる道をひたすら走ります。
3日目 独立記念碑(インドネシア紀行)
▲独立記念碑

3日目 ジョグジャカルタの建物(インドネシア紀行)
▲洋風建物

3日目 ジョグジャカルタの畑(インドネシア紀行)
▲椰子の葉そよぐ田圃

ボロブドゥール(Borobudur)遺跡

食後はインドネシアの遺跡と言えば、真っ先に出てくる「ボロブドゥール遺跡」に向かいます。

ボロブドゥールはジャワ島中部のケドゥ盆地に所在する仏教遺跡で、世界最大級の仏教寺院(大乗仏教)です。
遺跡総面積は約15,000㎡で、高さは33.5m(元々42mでしたが破損)あります。
シャイレンドラ朝期の780年頃、ダルマトゥンガ王が建造を開始、792年頃、完成したとされ、サマラトゥンガ王(在位812~832年)により増築されます。
その後、密林に埋もれていましたが(火山の降灰によるもの、イスラーム教徒による破壊を恐れ埋めたという説がある)、1814年、英人のジャワ総督代理トーマス・ラッフルズと蘭人技師コルネリウスにより再発見され、一部が発掘されます。

駐車場に到着後、まずは土産の売り子達に囲まれます
置物、本、キーホルダー、ボールペン、日傘、帽子、サングラス、カゴ・・・
遺跡の発券所まで、まとわりついてきます

発券所で入場券を購入、神聖な場所なので全員に腰巻の装着が行われます。
そして参道のような道を右に曲がりながら500m程、歩いて行くと・・・
3日目 ボロブドゥール 東から(インドネシア紀行)
▲道を曲がり切った木立の奥に・・・

何にも無い平地に突如として現れる石造りの仏教遺跡に圧倒されます。
この遺跡を発見したトーマス・ラッフルズとコルネリウスも、密林の中に突如と現れた遺跡にさぞや驚いたことでしょう。
周囲に施された仏像、仏教説話、吐水口の彫刻数々、我が国では見る事のできない光景に圧倒され、必死にシャッターを切り続けました。
3日目 ボロブドゥール 東から (2)(インドネシア紀行)
▲多くの観光客が訪れています。

3日目 ボロブドゥール パノラマ写真(インドネシア紀行)
▲1枚に収まらないので合成したボロブドゥールの全景

3日目 ボロブドゥール 頂部(インドネシア紀行)
▲頂部中心の大きいストゥーパ(卒塔婆の語源)
 釈迦の遺骨の一部が修められていると言われます。

3日目 ボロブドゥール 頂部 (3)(インドネシア紀行)
▲周囲の小さなストゥーパには夫々に仏像が座っておられます。

3日目 ボロブドゥール 頂部 (2)(インドネシア紀行)
▲小さなストゥーパは72基あり、格子状になっています。

3日目 ボロブドゥール 彫刻(インドネシア紀行)
▲それぞれの階層には仏教説話を元にした微細な彫刻が施されています。

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (3)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (4)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (6)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (7)(インドネシア紀行)
▲各部に施された様々な造形にも圧倒されます。

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (8)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 彫刻 (9)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 造形(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 造形 (2)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 造形 (4)(インドネシア紀行)

3日目 ボロブドゥール 周辺  (2)(インドネシア紀行)
▲ボロブドゥールから見た景色

3日目 ボロブドゥール 周辺 (インドネシア紀行)
▲ボロブドゥールから見た景色

シャイレンドラ王朝の美的感覚に裏打ちされた、壮観・壮大な遺跡に圧倒され続けた2時間でした。

遺跡の出口から駐車場まで、またもや土産の売り子達にまとわり着かれること500m、元々買う予定だった資料の本、置物を購入し遺跡を後にしました。
この土産物屋、最初はかなり吹っ掛けて来るうえ非常にしつこいので、買う予定であれば最後の最後まで我慢し値切り倒して買うのがコツです。

ムンドゥッ寺院 (Candi Mendut)

次にボロブドゥールの東約3kmにあるムンドゥッ寺院に向かいます。
ここで少し喉が渇いたので、椰子の身を割った天然のジュースを頂きます。
3日目 ヤシの実ジュース(インドネシア紀行)
▲注文すると、その場で椰子の実を解体

3日目 ヤシの実ジュース (2)(インドネシア紀行)
▲割った椰子の水を一旦氷の入った水筒に入れて冷やし、再度入れなおして出してくれます。
 身の内側に付いているココナツミルク(白い部分)をスプーンで削いで頂きます!

堂内に安置された有名な3体の石造仏、周囲の彫刻を堪能しました。
ボロブドゥールより、遥かに規模の小さい寺院ですが、同じく微細に施された彫刻には圧倒されます。
3日目 ムンドゥッ寺院(インドネシア紀行)
▲ムンドゥッ寺院

3日目 釈迦牟尼仏(インドネシア紀行)
▲寺院内の釈迦牟尼仏

14:00になっていたので、観光客向けのキノコ料理の店で昼食を摂ります。
この店はキノコを自家栽培しているようで、見たことの無いキノコが苗床で栽培されていました。
今回もそうですが、ジョグジャカルタの料理は全体的に甘めの味付けが多いようです。
3日目 昼食 キノコ料理の店(インドネシア紀行)
▲店内

3日目 昼食 キノコ料理の店 (2)(インドネシア紀行)
▲キノコの栽培棚
 見たこと無いキノコが並んでいます(^_^;)

3日目 昼食 キノコ料理の店 (3)(インドネシア紀行)
▲ご飯以外は全てキノコです。

3日目 ジョグジャカルタの果物屋(インドネシア紀行)
▲隣の果物屋
 なぜか浮き輪やおもちゃも売っています。


ジョグジャ奪回記念館 (yogya kembali monument)

食後は「ジョグジャ奪回記念館」に行きます。

3日目 ジョグジャ奪回記念館(yogya kembali monument)(インドネシア紀行)

1949年3月1日、オランダ占領下のジョグジャカルタ奪還作戦を記念し建てられた、建国の聖地の一つです。
我が帝國陸海軍が300年に渡りインドネシアに圧政を敷き、搾取型植民地支配を行っていたオランダを僅か90日足らずで撃破・降伏させ、後のインドネシア独立に大きく貢献したのは紛れも無い事実です。
記念館にはスカルノとハッタによる独立宣言から、オランダによるジョグジャカルタの再占領、奪還作戦、インドネシア独立までの様子を等身大の蝋人形で展示しています。
3日目 再現蝋人形①(インドネシア紀行)

3日目 再現蝋人形⑦(インドネシア紀行)

3日目 再現蝋人形⑨(インドネシア紀行)

僕が展示を見学している間に、先に進んだ父親が係りの方に「どこから来たのか?」と訪ねられ、「日本です」と答えると、えらい感激して、奥からわざわざ「是非記念に記帳してほしい」と記帳ノート出してきたので、2人で記帳、奪還作戦で散った英雄たちの名前が刻まれた記念碑を背景に記念撮影を撮りました。

言葉が分からないので感激の意味は分かりませんが、その後の会話などからインドネシア独立に貢献した日本からの訪問に感激していたのだと思います。

偉大な英霊・先人たちの不滅の功績が、友邦インドネシアの地で評価されてるのは素直に嬉しく思うとともに、我が国の戦った大東亜戰争が間違っていなかった、との思いを改めて認識することができました。

記念館にはインドネシア独立戦争で活躍した、我が陸海の荒鷲である「九九式軍偵察機」と「九三式中間練習機」の複製が展示されています。
3日目 九九式軍偵察機(複製)(インドネシア紀行)
▲九九式軍偵察機(複製)

3日目 九三式中間練習機(複製)(インドネシア紀行)
▲九三式中間練習機(複製)

全体的には良い出来ですが、九九式軍偵は近くで見るとゴツゴツしています。
ただ、発動機はかなり出来が良く、実機もしくは似た発動機を流用しているのではないでしょうか?
航空機にそこまで詳しくないので、詳細は不明です。
ちなみに九九式軍偵は説明が「GUNTAI」と表示されていますが、これはインドネシア語で「テイ」の表記が「TAI」となるための誤りだそうです。

3日目 ジョグジャ奪回記念館(yogya kembali monument)の外観(インドネシア紀行)
▲機関砲となぞのフィギュア
 建国の聖地なのですが、周囲は子供向けの遊園地のようになっており、非常にシュールな空間になっています(^_^;)

プランバナン寺院 (Candi Prambanan)

最後の訪問地、プナンバナン寺院を訪れます。
プナンバナン寺院は古マタラム王国のバリトゥン王(在位898~910年)が建立したと言われるヒンドゥー教寺院で、仏教遺跡のボロブドゥール寺院遺跡群と双璧を成すインドネシアが誇るジャワ建築の遺跡です。
1549年の地震でほとんどが崩壊し放置されていましたが、1937年から修復作業が行われています。

仏教建築のボロブドゥールと双璧を成すヒンドゥー教の寺院を1日で両方見学できるなんて、非常に贅沢です。

プランバナンはヒンドゥーの最高神シヴァ神を祀る寺院を中心に周囲にブラフマー、ヴィシュヌ、ナンディ、ハンサ、ガルーダ、アピット、クチルを祀る寺院が配置されています。
残念ながらシヴァ寺院の内部は見ることが出来ませんでしたが、他の寺院とともに林立する寺院群の壮大な光景には圧倒されてしまいました。
3日目 プランバナン寺院  パノラマ(インドネシア紀行)
▲プランバナン寺院 全景

3日目 シヴァ(インドネシア紀行)
▲シヴァ寺院

3日目 ブラフマ(インドネシア紀行)
▲ブラフマ寺院

3日目 ヴィシュヌ (2)(インドネシア紀行)
▲ヴィシュヌ神

3日目 ブラフマ (2)(インドネシア紀行)
▲ブラフマ神

3日目 ヴィシュヌ(インドネシア紀行)
▲ヴィシュヌ寺院の彫刻

3日目 ナンディン(インドネシア紀行)
▲ナンディン寺院の彫刻

プナンバナン寺院の周囲にも多数の寺院遺跡がありますが、残念ながら時間が無く、一番大きく有名なプナンバナンしか行くことができませんでした。

見学終了後、アジスチプト国際空港に移動、8時の飛行機(またも遅れて8:30)に搭乗し、9:30にジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港に降り立ち、父親の会社の運転手の運転でガイドしてくれたERIさんを自宅まで送り、0:00にホテルに到着しました。
夕食はルームサービスでナシゴレンを食べ、シャワーして就寝です。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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