当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

インドネシア紀行 4日目 快晴

4月12日(木)

本日はインドネシアの国都・ジャカルタの観光です。
4日目 モナス~独立記念塔(Tugu Monas/Monumen National) (7)(インドネシア紀行)
▲モナス~国家独立記念塔(Tugu Monas/Monumen National)







より大きな地図で インドネシア紀行 を表示

7:15に起床し、父親の迎えで会社の車に乗り込み出発します。

先に会社の登記関連の書類を造りに司法書士事務所に行き、登記を済ませます。

本日のジャカルタ観光は父親の会社で働く夫婦の方に案内して頂きました。

まずは、ジャカルタの中心部「モナス(独立記念塔)」(Tugu Monas/Monumen National)」の建つ「独立記念広場」(Medan Merdeka)周辺を回ります。

ジャカルタはインドネシアの国都のため、我が帝國陸海軍の遺構(厳密にはオランダ植民地時代の建物)が残されています。

第十六軍司令部(旧スタンバック石油会社、現鉱業エネルギー省)・・・写真撮影のみ
4日目 第十六軍司令部(旧スタンバック石油会社、現鉱業エネルギー省) 北から(インドネシア軍跡)

第十六軍司令官官舎(旧オランダ総督公邸、現インドネシア大統領官邸「ムルデカ宮殿」)・・・写真撮影のみ
4日目 第十六軍司令官官舎(旧オランダ総督公邸、現インドネシア大統領官邸「ムルデカ宮殿」) 南から(インドネシア軍跡)

爪哇軍政監部庁舎(旧バターフセ石油会社、現プルタミナ旧本館)・・・写真撮影のみ
4日目 爪哇軍政監部庁舎(旧バターフセ石油会社、現プルタミナ旧本館) 北から(インドネシア軍跡)

海軍ジャカルタ在勤武官府庁舎(旧庶民信用金庫、現インドネシア共和国陸軍参謀本部)・・・写真撮影のみ
4日目 海軍ジャカルタ在勤武官府庁舎(旧庶民信用金庫、現インドネシア共和国陸軍参謀本部) 南東から(インドネシア軍跡)

とりあえず、運転手の方に大混雑する道路を走ってもらい、停まれる場所は停まって撮影します。
案内の方が「撮影は無理無理!」と言った大統領府、インドネシア共和国陸軍参謀本部は車で走りながら連写して撮影です。

※軍関連の遺構については後日、別項で掲載します。

モナス 国家独立記念塔 (Tugu Monas/Monumen National)

続いてモナスを見学します。
4日目 モナスに向かうシャトルバス(インドネシア紀行)
▲無料の公園バス

4日目 モナス~独立記念塔(Tugu Monas/Monumen National) (7)(インドネシア紀行)
▲モナス~国家独立記念塔(Tugu Monas/Monumen National)

塔は高さ137mあり、外装は白大理石製です。
頂上部には高さ14m、直径6m、重さ14.5t、77の部品で造られた青銅製の炎があり、重さ35kgの金メッキが施されています。
炎は「アピ・ナン・タッ・クンジュン・パダム(Api Nan Tak Kunjung Padam:永遠に燃え続ける火)」と呼ばれ、独立戦争時のインドネシア国民の闘志を象徴しています。
 
駐車場に車を停め広場に入り、公園バスで記念塔南側の入り口まで移動、そこから地下道を通り内部に入ります。
内部には古代の原始時代から現在までのインドネシアの歴史が48のダイオラマで再現されています。
4日目 モナス内部にインドネシアの歴史にダイオラマ (9)(インドネシア紀行)
▲インドネシアの王

4日目 モナス内部にインドネシアの歴史にダイオラマ (33)(インドネシア紀行)
▲オランダによる植民地支配

4日目 モナス内部にインドネシアの歴史にダイオラマ (44)(インドネシア紀行)
▲1945年8月17日、インドネシア独立

4日目 モナス内部にインドネシアの歴史にダイオラマ (47)(インドネシア紀行)
▲再植民地化を目論むイギリス・オランダとの独立戦争

4日目 モナス内部にインドネシアの歴史にダイオラマ (48)(インドネシア紀行)
▲1949年12月27日、インドネシア共和国成立

建国の歴史を再現している施設だけに、社会科見学の小学生が引っ切り無しにに訪れていました。
子供はどこも同じで、一通り見学が済むとキャーキャー言いながら走り回っていました。
記念塔は最上階が展望塔になっており、ジャカルタの市内が見渡せます。
ただ、エレベーターが1基しかなく、社会科見学の団体がいてることもあり、乗るのに1時間程待たされました。
多少日陰になっているので助かりましたが、暑い中での順番待ちは体力を消耗します。
4日目 モナス最上部からの景色~東 ジャカルタ駅(インドネシア紀行)
▲モナス最上部からの景色~東 
 左の塔は国営石油企業のプルタミナ、右の平屋がジャカルタ駅

4日目 モナス最上部からの景色~南(インドネシア紀行)
▲モナス最上部からの景色~南

独立宣言起草記念館 (museum perumusan naskah proklamasi)

最後は独立宣言起草記念館(museum perumusan naskah proklamasi)に行きます。
4日目 海軍ジャカルタ在勤武官官舎(旧不明、現独立宣言起草記念館) 北から(インドネシア軍跡)

ここは我が帝國海軍ジャカルタ在勤武官官舎(以前は不明)の跡です。

一通り内部を見学、紹介ビデオも見ますが、インドネシア語・英語のため全く分かりません。
ただ、インドネシアの独立に至る苦難の歴史、独立を大きく助けた我が先人達の活躍を思うと、この非常に簡潔に記された独立宣言書は複写と言え感激を覚えます。
4日目 独立宣言 草稿(インドネシア紀行)
▲独立宣言 草稿

末尾に記されたスカルノとハッタのサインの日付「17- 8- ‘05」はアジアの盟主であり、独立を助けた我が国に敬意と感謝を込め紀元(皇紀)で記されています。
インドネシアが独立宣言をしたのは紀元2605年(昭和20年、1945年)です。

4日目 独立宣言 複製(インドネシア紀行)
▲独立宣言 複製
 草稿と同様、日付は紀元(05)で記されています。

4日目 起草の再現 (4)(インドネシア紀行)
▲独立宣言文を起草するスカルノ、ハッタ、スバージョの3名の蝋人形

4日目 展示(インドネシア紀行)
▲展示品

内部の見学後は係りの方のご好意で、裏庭、執務室などを見せて頂き、裏庭に掘られた防空壕も見学して記念館を後にしました。

見学終了後、遅めの昼食兼夕食を食べ、ホテルのあるブカシに戻りました。
4日目 昼ご飯 海鮮鍋(インドネシア紀行)
▲海鮮鍋

4日目 昼ご飯 鶏肉の甘辛(インドネシア紀行)
▲鶏肉の甘辛

4日目 昼ご飯 ミゴレン(インドネシア紀行)
▲ミゴレン
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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