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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

鉾田陸軍飛行學校 豊鹿島陸軍爆撃場

鉾田市に所在した鉾田陸軍飛行學校(鉾田陸軍飛行場)の南方に豊鹿島とよかしま陸軍爆撃場がありました。
E 監的壕 西から 鉾田陸軍飛行學校・鉾田陸軍飛行場(茨城鉾田)
▲保存されている機銃掃射用の監的所

【探索日時】
平成27(2015)年10月13日





鉾田陸軍飛行場(鉾田陸軍飛行學校)

メロンの栽培で知られる鉾田市に鉾田陸軍飛行場、隣接して鉾田陸軍飛行學校が所在しました。

同校はのちに鉾田教導飛行師團第二十六飛行團司令部及び教導飛行師團 第三教導隊に改編されます。
同師團は陸軍最初の航空特攻部隊「萬朶隊」が編成されたことでも知られます。
B 掩体壕 左側上から右側 鉾田陸軍飛行學校・鉾田陸軍飛行場(茨城鉾田)
▲墓地に改修されている飛行機用無蓋掩体

【探索日時】
平成27(2015)年10月13日





筑波海軍航空基地 航空機用掩体

笠間市に所在した筑波海軍航空基地(筑波海軍航空隊)の外周に航空機用掩体(所謂、掩体壕)が多数設営されていました。
7 掩体壕 北西から 筑波海軍航空基地・筑波海軍航空隊(茨城笠間)
▲林の中に遺る航空機用の無蓋掩体

【探索日時】
平成27(2015)年3月28日、10月11日





筑波海軍航空基地 應急治療所

笠間市に所在した筑波海軍航空基地(筑波海軍航空隊)に隣接して耐弾式半地下の應急治療所がありました。
C 応急治療所 内部 (1) 筑波海軍航空基地・筑波海軍航空隊(茨城笠間)
▲應急治療所 室内

【探索日時】
平成27(2015)年3月28日





筑波海軍航空基地 戰斗指揮所

笠間市に所在した筑波海軍航空基地(筑波海軍航空隊)に隣接して耐弾式半地下の戰斗指揮所がありました。
B 戦闘指揮所 F 筑波海軍航空基地・筑波海軍航空隊(茨城笠間)
▲戰斗指揮所の部屋

【探索日時】
平成27(2015)年3月28日





筑波海軍航空基地(筑波海軍航空隊)

笠間市に「筑波山に向けヨウソロー!」の掛け声が響き「鬼の谷田部に蛇の筑波」と言われ、厳しい訓練で知られた筑波海軍航空隊筑波海軍航空基地)がありました。
A 本部庁舎 南西から (2) 筑波海軍航空基地・筑波海軍航空隊(茨城笠間)
▲資料館として保存されている航空隊本部庁舎

【探索日時】
平成27(2015)年3月28日、10月11日





豊橋陸軍墓地

吉田城阯に所在した歩兵第十八聯隊の東側に豊橋陸軍墓地があります。
北側全景 豊橋陸軍墓地(愛知豊橋)
▲豊橋陸軍墓地 全景

【参拝日時】
平成27(2015)年4月15日





歩兵第十八聯隊 兵舎 【移設】

愛知県下の高校に吉田城阯に所在した歩兵第十八聯隊 兵舎の一部が移設されています。
兵舎(移築) 東から 歩兵第十八聯隊(愛知豊橋)
▲兵舎と言われる建物

【探索日時】
平成27(2015)年4月13日





歩兵第十八聯隊

徳川四天王筆頭・酒井忠次が城代を務めた事で知られる吉田城阯に「東海の勇兵」と称された歩兵第十八聯隊がありました。

兵営では後に歩兵第百十八聯隊歩兵第二百二十九聯隊が編成され、陸軍飛行場設定部(のちに陸軍航空基地設定練習部に改編)が置かれます。
ア 営門 南東から 歩兵第十八聯隊(愛知豊橋)
▲豊橋公園入口に転用されている営門

【探索日時】
平成27(2015)年4月13日





諫早海軍航空基地 格納庫 【移設】

JR諫早駅前に所在したJA全農ながさき 広域物流センターに諫早海軍航空基地格納庫が移設されていました。
A・B 格納庫 南西から 諫早海軍航空隊(長崎諫早)
▲移設されていた格納庫全景(滅失)

【探索日時】
平成27(2015)年9月28日





諫早海軍航空隊 居住地区

諫早市に所在した諫早海軍航空基地の南西に諫早海軍航空隊 居住地区がありました。

当航空基地は先に逓信省航空局 長崎地方航空機乗員養成所の付属飛行場として設営、海軍に移管され大村海軍航空隊 諫早分遣隊(のち諫早海軍航空隊)が開隊します。
Fb 本部庁舎 北東から 諫早海軍航空隊(長崎諫早)
▲民家に転用されている本部庁舎の一部

【探索日時】
平成27(2015)年9月28日





諫早海軍航空基地(諫早海軍航空隊・長崎地方航空機乗員養成所)

干拓事業で知られる諫早市に諫早海軍航空基地がありました。

当航空基地は先に逓信省航空局 長崎地方航空機乗員養成所の付属飛行場として設営、海軍に移管され大村海軍航空隊 諫早分遣隊(のち諫早海軍航空隊)が開隊します。
A 給水塔 南から 諫早海軍航空基地・長崎地方航空機乗員養成所(長崎諫早)
▲現在も使用されている長崎地方航空機乗員養成所の高架式水槽

【探索日時】
平成27(2015)年9月28日





東海海軍航空隊 豊橋基地隊 大崎宿舎

渥美湾海上に設営された豊橋海軍航空基地から海軍橋を渡った対岸、大崎村に東海海軍航空隊 豊橋基地隊大崎宿舎がありました。
a1 喞筒室?・a2 北東から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊(愛知豊橋)
▲私有地内に遺る飲用水喞筒所

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





豊橋海軍航空基地 老津送信所

渥美湾に浮かぶ海上航空基地だった豊橋海軍航空基地の対岸に老津送信所がありました。
b 老津送信所 西から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊老津送信所(愛知豊橋)
▲耐弾送信所兼発電機室の入口

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





豊橋海軍航空基地 隧道弾庫

渥美湾に浮かぶ海上航空基地だった豊橋海軍航空基地の対岸に隧道弾庫が遺ります。
B 内部 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊隧道弾庫(愛知豊橋)
▲魚雷の実用頭部が格納されていた隧道弾庫

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





豊橋海軍航空基地(豊橋海軍航空隊)

豊橋市の西側、渥美湾海上に豊橋海軍航空基地がありました。
ア 海軍橋 北西から 豊橋海軍航空基地・豊橋海軍航空隊(愛知豊橋)
▲現役で使用されている海軍橋

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





老津陸軍飛行場

豊橋市に所在した高師原陸軍演習場の南西端に老津陸軍飛行場がありました。
A 耐弾壕 南から (2) 老津陸軍飛行場(愛知豊橋)
▲台地上に遺されていた耐弾施設(滅失)

【探索日時】
平成27(2015)年4月14日





高師原陸軍演習場・老津陸軍演習廠舎

スイカ栽培で有名な高師原(たかしはら)天伯原(てんぱくばら)高師原陸軍演習場、夫々の西端に高師原陸軍演習廠舎老津陸軍演習廠舎がありました。
エ 陸軍(移設) (5) 高師原陸軍演習場・老津陸軍演習廠舎(愛知豊橋)
▲移設されている境界石標

【探索日時】
令和3(2021)年2月16日





名古屋海軍航空基地(名古屋海軍航空隊・愛知時計電気㈱伊保工場)

世界的自動車メーカートヨタ自動車の企業城下町として知られる豊田市に名古屋海軍航空基地が所在し、名古屋海軍航空隊愛知時計電気㈱伊保工場がありました。

航空基地、航空隊ともに「名古屋」を冠していますが、所在地は名古屋市から20km東の豊田市です。
B 戦闘指揮所 a・b 北東から 名古屋海軍航空基地・名古屋海軍航空隊(愛知豊田)
▲竹やぶに遺る戦闘指揮所

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日





明治海軍航空基地(居住地区)

安城市に所在した明治海軍航空基地の南北に居住地区(兵舎地区)がありました。
E 弾薬庫 南から 明治海軍航空基地(愛知安城)
▲居住地区に遺る弾薬庫と言われる煉瓦造建物

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日






明治海軍航空基地(飛行場地区)

戦国時代、織田家と今川・松平家の抗争の舞台となった安城市に明治海軍航空基地がありました。
C 耐弾式爆弾分散庫 南西から 明治海軍航空基地(愛知安城)
▲畑に遺る耐弾式爆弾分散庫

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日





岩津海軍航空基地(岩津牧場)

岡崎海軍航空基地の北東4km、岩津町に海軍の秘匿航空基地、岩津海軍航空基地岩津牧場まきばがありました。
E 北側壕口 岩津海軍航空基地(岩津牧場)(愛知岡崎・安城)
▲民有地に遺る地下壕

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日





第三岡崎海軍航空隊 本部庁舎・格納庫 【移設】

岡崎海軍航空基地跡の程近くで操業する(合)野田味噌商店に第三岡崎海軍航空隊の本部庁舎、格納庫が移設されています。
E 移築兵舎カオエ(左から) 南東から岡崎海軍航空基地・岡崎海軍航空隊(愛知岡崎・安城)
▲移設されている“格納庫”とされる建物

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日





岡崎海軍航空基地(第三岡崎海軍航空隊)

岡崎市と安城市にまたがり所在した岡崎海軍航空基地第一岡崎海軍航空隊第二岡崎海軍航空隊第三岡崎海軍航空隊、及び第二海軍航空廠 鈴鹿支廠 岡崎補給工場が所在しました。
D 喞筒室基礎 北西から岡崎海軍航空基地・岡崎海軍航空隊(愛知岡崎・安城)
▲民家に遺る第三岡崎海軍航空隊の飲用水ポンプ場の基礎

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日、令和3(2021)年2月21日





第一岡崎海軍航空隊・第二岡崎海軍航空隊

徳川家康の祖、松平氏の拠点として知られる岡崎市と安城市にまたがり岡崎海軍航空基地がありました。

同地には第一岡崎海軍航空隊第二岡崎海軍航空隊第三岡崎海軍航空隊の3個航空隊、及び第二海軍航空廠鈴鹿支廠岡崎補給工場が所在しました。
A 防空監視哨(移設転用)岡崎海軍航空基地・岡崎海軍航空隊(愛知岡崎・安城)
▲移設されている第一岡崎海軍航空隊の防空監視哨

【探索日時】
平成27(2015)年4月11日





横山陸軍演習廠舎

和泉市善正町に所在した横山陸軍演習場に隣接して横山陸軍演習廠舎がありました。
A 廠舎 北西から横山陸軍演習場(大阪和泉市)
▲完存する廠舎

【探索日時】
平成27(2015)年12月18日





横山陸軍演習場

関西のラジオCMでおなじみ「国華園」のほど近く、和泉市善正町に横山陸軍演習場がありました。
イ「陸軍」境界石標(是ヨリ東九米境界) (4)横山陸軍演習場(大阪和泉市)
▲演習場跡に遺る「是ヨリ東九米境界」の刻字のある境界石標

【探索日時】
平成27(2015)年12月18日





大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕

福崎町田口、桜地区に大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所横穴式格納壕が設定されていました。
く 内部大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所 横穴式格納壕(兵庫福崎)
▲桜地区に遺る横穴式格納壕

【探索日時】
平成27(2015)年3月11日





大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所

妖怪伝説で知られる福崎町に大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所がありました。
B 北から 大阪陸軍航空補給廠 姫路出張所(大阪河内長野)
▲農道沿いに遺る裏門門柱

【探索日時】
平成27(2015)年3月11日





大阪陸軍幼年學校

南朝の忠臣・楠木正成公ゆかりの地、金剛山を仰ぐ地に大阪陸軍幼年學校(千代田台)がありました。
方位盤(移設) (2) 大阪陸軍幼年學校(大阪河内長野)
▲郷土資料館に移設されている方位盤

【探索日時】
平成27(2015)年12月18日





福知山工兵作業場

福知山市に所在した長田野陸軍演習場の北西端に福知山工兵作業場がありました。
ア レンガ塀 南西から 福知山工兵作業場(旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲山林に遺る演習用トーチカと思われる煉瓦塀

【探索日時】
令和2(2020)年12月25日





福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊) 【追加】

京都府福知山市に工兵第十大隊が所在しました。
大隊の岡山への転営後、兵営は長田野陸軍演習場福知山陸軍演習廠舎に転用されます。

当地は過去に探索しましたが昨年、他にも遺構が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
X 陸軍省所轄地 福知山陸軍演習廠舎 (旧工兵第十大隊)(京都福知山)
▲山中に遺る境界石標





串本海軍水上機基地 地下送信所

串本町に所在した串本海軍水上機基地の北側住宅地に地下送信所が設営されていました。
北東から 海軍水上機基地 地下送信所通信(和歌山串本潮岬)
▲町有地に保存されている地下送信所の地上部分

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日・3日

【改定情報】
令和4(2022)年1月3日・・・写真差し替え





串本海軍水上機基地 機銃第二群

串本町に所在した串本海軍水上機基地の南側丘陵上に機銃第二群が設営されていました。
a 入口 串本海軍水上機基地 機銃第二群(和歌山串本潮岬)
▲荒地に遺る機銃の弾薬庫

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





串本海軍水上機基地 隧道式弾薬庫

串本町に所在した串本海軍水上機基地の南側谷地に隧道式弾薬庫が設営されていました。
A 爆弾庫 入口 (2) 串本海軍水上機基地 隧道式弾薬庫(和歌山串本潮岬)
▲民家敷地内に遺る爆弾庫の入口

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日、3日





令和三年度 兵庫縣神戸護國神社 終戦記念日祭

本日は76回目の『大東亞戰爭終結ノ詔書』が渙発された日、所謂「終戦の日」を迎えました。

昨日電話確認したところ昨年に続き今年も例祭は無いとの事でしたが、春秋の例祭も参列が見送られるなか、せめて今日はと思いこのご時世ですが例年通り参拝を決します。





串本海軍水上機基地

串本町の最も有名な軍事施設と言えば串本海軍水上機基地です。

同基地は当初、舞鶴海軍航空隊 串本派遣隊、次いで串本海軍航空隊第九〇三海軍航空隊 串本派遣隊大津海軍航空隊 串本派遣隊が運用、また第三海上護衛隊司令部が置かれます。
ア 航空隊正門門柱(移設) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲移設されている隊門門柱

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日

【更新情報】
令和4(2022)年6月5日・・・境界石標 追加





第三十五航空情報隊 潮岬前進監視哨

本州最南端の観光地として知られる潮岬に第三十五航空情報隊 潮岬前進監視哨がありました。
A 受信機基礎 北から 串本前進監視哨 第三十五航空情報隊 潮岬前進監視哨(和歌山串本潮岬)
▲超短波警戒機乙(タチ6)の受信所と思われる基礎

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日、令和3(2021)年2月2日

【改訂情報】
令和4(2022)年1月3日・・・写真差し替え





第百四十四師團 潮岬陣地

潮騒の森として和歌山県が管理する保安林に和歌山の防衛を担当した第百四十四師團潮岬陣地が遺ります。
表紙 第百四十四師團 獨立歩兵第七百三十八大隊 特設警備第百六中隊 潮岬陣地(和歌山串本潮岬)
▲潮騒の森に遺る坑道式掩蔽

【探索日時】
平成27(2015)年2月3日





大阪通信隊 潮岬分遣隊

本州最南端の観光地として知られる潮岬に大阪通信隊 潮岬分遣隊がありました。
ア 短波測定所 基礎 北東から 大阪通信隊 潮岬分遣隊(和歌山串本潮岬)
▲民家の庭先に遺る短波測定所 基礎

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





潮岬海軍飛行場

本州最南端の観光地として知られる潮岬に潮岬海軍飛行場がありました。
燃料庫 北西から 潮岬海軍飛行場(和歌山串本潮岬)
▲町有地に遺る燃料庫

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





記事の公開について

思うところあり、しばらく自衛隊の駐屯地、基地に転用された施設、及び自衛隊内に遺る遺構の公開を中止いたします。

公開再開はコロナが終息した頃を予定しております。

あしからず御了承ください。

盡忠報國





串本造船所 株式會社

テレビ中継が良く出ている事で知られる袋漁港に串本造船所 株式會社がありました。
壕口 串本造船所(和歌山串本潮岬)
▲造船所跡に遺る防空壕

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





潮岬特設見張所

本州最南端の観光地として知られる潮岬に潮岬特設見張所がありました。
カ 一三號電探 北西から 潮岬特設見張所(和歌山串本潮岬)
▲望楼の芝に遺る一三号電探の基壇

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





潮岬海軍望樓

本州最南端の観光地として知られる潮岬に潮岬海軍望樓がありました。
A 南西から (2) 潮岬望楼(和歌山串本潮岬)
▲半壊している潮岬海軍望樓の望楼

【探索日時】
平成27(2015)年2月2日





大和海軍航空基地 防空砲台 【追加】

奈良県天理市に所在した大和海軍航空基地の周辺に基地防護のため防空砲台が設営されていました。

当地は数度に渡り探索しましたが近年、史跡公園の整備に伴い新たに砲床が出土したとの情報を得て再訪してきました。

H 防空高角砲台南側 南から(唐古鍵遺跡)大和海軍航空基地 防空砲台(奈良天理)
▲出土、整備された高角砲の砲床関連のコンクリート構造物





第二十二突撃隊 田邉特攻基地

田辺湾に突出し泥岩岩脈や釣りの名所として知られる鳥ノ巣半島に田邉特攻基地がありました。
同基地は「震洋」の配備が予定されます。
田辺特攻基地 全景(和歌山田辺鳥の巣)
▲田邉特攻基地があった湾

【探索日時】
平成27(2015)年2月1日、令和2(2020)年2月1日





田邉海兵團・第六特攻戰隊司令部 防空機銃砲台

武蔵坊弁慶の出生地と言われる田辺市に田邉海兵團が所在しました。
田邉海兵團にはのちに第六特攻戰隊司令部が併置されます。

また隣接した丘陵上に防空機銃砲台が設営されていました。
田邉海兵團・第六特攻戰隊司令部 防空機銃砲台 B 銃座 北東から (4)(和歌山田辺)
▲丘陵上に遺る機銃座

【探索日時】
平成27(2015)年2月1日





歩兵第三十六聯隊 【追加】

福井県鯖江市に歩兵第三十六聯隊が所在しました。

当地は過去に2回探索しましたが昨年、他にも遺構が遺っているとの情報を得て再々訪して来ました。
歩兵第三十六聯隊 d 衛兵所・営倉(移設)北東から(鯖江)
▲移設されている守衛・営倉





中舞鶴憲兵分隊

軍港都市として知られる舞鶴市に中舞鶴憲兵分隊がありました。
中舞鶴憲兵分隊(分駐所) ア 門柱 南西から(舞鶴)
▲交番に遺る門柱と言われる石積

【探索日時】
平成27(2015)年7月21日





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盡忠報國

Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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